月の大陸
登城は緊張します!
その日、ミランダは朝から大忙しだった
ステファーノとセリクシニを城に送るのと同時に国王に謁見を賜り
しばらくは城内にある弟子が駐屯している離宮で生活することになるからだ
ステファーノは来賓用の部屋を使用するように言われたが丁重にお断りした

この境では絶大な魔力を持ち魔女という地位を持っていても中身は一般人
ただの平民OLの葵である

王族や貴族と一緒なんて息がつまって死んでしまう


そんな事を考えながら荷造りを終えるとエララに頼んで髪を結いあげてもらう
サイドの髪を編み込みカチューシャの様にセットし残りはシニヨンにまとめた
衣装は魔法使いの正装言われている独特なものだ
踝を隠す長衣の上に長いトレーンの表着を重ねる
中の衣装は水色で表着は瞳と同じ青よりも深い碧で
鎖骨が見える位置まで開いた襟もとや裾、
大きく開いた袖口には銀糸で見事な刺繍を施してある
腰に緩く下げた飾り紐は銀と金の糸を織りまぜたもので
先端に黒曜石をあしらっている

最後にその上から薄い布地の純白のローブを被った


「…お綺麗です。」
ほうっとため息をついたエララはミランダに見とれていた

「もう、やりすぎじゃない?
こんなにオシャレする事ないと思うのだけど…歩きづらいしこれ。」

「そんなことありません。
ミランダ様の美しさは私たち魔法使いの最大の誉れ。
この衣装の糸一本一本には魔法使いたちの祈りが込められています。

温室育ちの貴族令嬢や城に巣食う蛇どもに思い知らせてください。」

魔法使いはその力を貴族たちから利用される事が多かった

この世界では皆魔法を持って生れてくるが、量は個人差があり
多くの者が成長につれて魔力を失って行く
その中で魔力を失わずなおかつ強い魔力を持ったものが魔法使いとなる
そのほか魔力が少量の場合は
魔具屋(魔力を宿した物を製造販売する)か王家に仕える

だが魔法は全く使えない人間からしたら便利なもので
それ欲しさに魔法使いたちを金で物を言わせて買い取り自分の欲の為に使役する

しかし魔法は術者の精神や肉体と結びついて発動するため
乱発すればそれだけ術者を蝕み、生きる人形となり魔力は尽きる

貴族たちは魔法使いの魔力が尽きればまた新しい魔法使いを買ってくるのだ
もちろん使い物にならない魔法使いは処分される
人目に着く事なく…内密に…

その為魔法使いはどの国にも属さず駐屯している魔法使い以外は
アルコルとミザールの森で魔女の庇護の元暮らしている

そんな事情を知っているミランダはエララの言葉にしっかり頷いた

「わかった。
森の事はエアリエルにお願いしたし、カリプソが明日の夕刻にはこちらに戻るから大丈夫よ。エララもカリプソの代わりにメソーニ王国の事よろしくね。」

ミランダの一番弟子であるカリプソは次期魔女の筆頭候補で
今は南の王国メソーニに駐屯している
今回森を留守にするミランダの代わりにカリプソの森の守護を頼んだのだ
その代わりエララがメソーニに駐屯することになった

「はい。カリプソ姉さんには敵いませんが精一杯務めさせていただきます。」

エララの言葉を聞いて微笑みミランダは部屋を後にした

応接室にはすでにステファーノとセリクシニが到着していた
二人はミランダの正装した美しく麗しい姿にくぎ付けになる

「お待たせして申し訳ありません。
おはようございます。」

ミランダのあいさつに意識を戻した二人はそれぞれ彼女に挨拶を返す

「おはよう。今日はまた一段と美しいな。」

「おはようございます。女性は準備に時間かかるものです。
お気になさらず、本日はよろしくお願いいたします。」

ステファーノからのストレートな言葉に若干戸惑いつつ
セリクシニの言葉にはしっかり頷いた

「はい。
では、参りましょう。」

ミランダは意識を集中させる
手をかざすと三人の足元に魔法陣が出現した

魔法陣は複雑な術式と文様がいくつも重ねられ極彩色の美しさで輝いている
ミランダは静かに心の中で念じる

『フォーンジョット王国城へ』

次の瞬間三人を光が包み一瞬だけ浮遊感を感じたかと思うと
トンっと足が地面に着いた

目を開けるとそこは城門の真正面だった

「城内には強力な結界が張ってありますゆえ
それを破壊してまで転移するのは憚られました。
このような場所で申し訳ありません。」

頭を下げるミランダにステファーノは驚愕した

城の強力な結界はその昔当時最強と言われた魔法使いが
四人がかりで構築させたものだ…
それをこの魔女は一人で破る事が出来るというのか…!

外見こそは美しいが所詮はどこにでもいる様な若い娘だと思っていたが
私を試す様な気丈さといい、この魔力と術…
この者がもし本気になれば一国などいとも簡単に滅ぼせるであろうな

ステファーノは一抹の不安を感じながらもミランダを謁見の間へと案内した
セリクシニは報告の為一足先に城へ入って行った

謁見の間の扉の前にミランダたちが立つとドアを見張っている兵士が声を上げる

「ステファーノ王太子殿下、並びに碧の魔女様ご到着にございます!」

声と共にドアが開くと真っすぐ伸びた絨毯の先、五段ほど上がった玉座に
男が鎮座しているのが確認できた

ステファーノに続いてミランダも足を進める
王の他に謁見の間には数人の姿が見えたがミランダは始めての王への謁見に
緊張で胃が飛び出しそうだった

日本では天皇がいるけど雲の上の存在だし…って言うか口上なんてよく知らないんだけど…


玉座のある階段の下でステファーノが膝をついた
ミランダはその数歩手前で跪き頭を垂れる

「ただ今戻りました。」

「ご苦労。無事の帰還何よりだ。」

威厳に満ちた声が室内に響く

「陛下。碧の魔女殿をお連れいたしました。」

ステファーノの声を合図にミランダは小さく息を吸った

「お初にお目も氏つかまつります。
碧の魔女ミランダ・オ―グと申します。
国王陛下に置かれましてますますご清栄のことと…」

「口上は良い。表を上げよ。」

言葉を遮られ何か粗相があったのかとミランダは焦るが
とりあえず言われた通りに顔を上げた

大陸の中で二番目に大きな国土を持つ北の国
フォーンジョットの国王トリンキュロー・スワネール・フォーンジョットは
ライオンを思わせる濃い金髪に黒い瞳の男だった
その風貌は歳を重ねてはいるものの勇ましく、どこか荒々しいもので
ステファーノも美丈夫だがこちらはさらに
大人の色香を足したダンディさがあった

あぁ…出てくる男の人みんなイケメンの設定って悪くないかも
特にダンディな良色気ムンムンのおじ様って良いよね!!

トリンキュローの姿に緊張も忘れミランダは心の中で少し悶える

「ほう…そなたが碧の魔女か。
…なるほど噂にたがわず、月も恥じらう美しさか。」

「…ゴホン!…陛下…そのように女性を見るのはいささか失礼かと。」

ミランダを不躾にジロジロ見ているトリンキュローに宰相が声をかけた

「ああ、すまん。ついな…つい。」

「その有様では魔女殿に陛下がただのエロじじいだというが
すぐに知られてしまいますよ?」

宰相の声は感情が読み取れない低く厳しいのもだった
それにトリンキュローは反論する

「いやいや、イザーク。お前、もう言っているじゃないか?
それに、俺はエロじじいじゃないぞ。ただ、見ていただけではないか。」

「その視線が犯罪者に近いと申し上げているのですがわかりませんか?」

二人の言い合いはますますヒートアップしていく
その様子をミランダはただ傍観していた

国王って一番偉いじゃないの?宰相ってこんなだっけ?
主人公に近い人物以外はほとんど性格まで設定していなかったけど…
まさかこんな風になるとは…

その時

「父上!」

「父上。」

聞き覚えのある声がふたつ大きく室内に響いた
見るとステファーノとセリクシニがミランダの前に立っている

「魔女殿の前でいつまで続けるつもりだ。
それに、確かにイザークが言う事にも一理あるぞ?
俺はエロじじいを父王とは呼びたくない。」

「父上、少し言い過ぎではありませんか?
仮にも陛下ですよ。一応人の前では建てておくべきかと…。」


「だから…ついだ!つい!」

「そうだな。私とした事が面目ない。」

それぞれの息子に叱られやっとミランダに視線を戻した二人は
息子たちと並ぶと確かに髪の色や体格もよく似ていた

「魔女殿、ご紹介が遅れました。
私宰相のイザーク・オベロンと申します。
この度は愚息がお世話になりました。
また、我々の願いを聞いていただき心より感謝します。」

イザークは黒髪に黒い瞳の男で背が高く細身だった
髪は腰まで届き高い位置で結いあげて、左目にだけ片眼鏡をしている
声と同様顔も表情があまり感じられない美丈夫だ

「い、いえ。
ステファーノ殿下とセリクシニ様の御心に打たれ
のこのこと森から出てまいりました。

この度はこのようなお話をいただき大変光栄にございます。
何も知らない田舎モノではありますが
力の限り、王国の平和のため務めさせていただきます。」

ミランダは四人に向かって礼を取った

こうして彼女の城での生活が始まった
< 6 / 17 >

この作品をシェア

pagetop