Only You
【本編】

01 憧れの君

 笹嶋綾人 28歳。
 営業課の「光源氏」と呼ばれる男。
 見た目良し、性格良し、運動良し、営業成績良し。文句つけどころなし。
 ただし女性の判断基準に「見た目は整っているか」は全く採用する気配のない変わり者との評判もある。
 数々の美女を「悪いけど答えはNO!」で退けてしまうある意味明快な人。
 恋人がいた時期もあるんだろうけど、決して社内でそれを匂わせる事無くスマートに生きている。

 彼に恋焦がれること数年、別にどうにかなりたいなんて思ってもいない。
 何故って?
 私はある意味、源氏物語で言えば「末摘花」と言えるかもしれない。
 彼女は源氏を取り巻く数々の美女の中でも醜さを際立たせて書かれた可愛そうなキャラクターで、あの物語を読んだとき、私は同情のあまり涙さえ流したものだ。

 誰だって綺麗だったら嬉しいだろう。
 誰だって美女でありたい。

 男性に……せめて自分の好きな人からは「綺麗だね」とか「可愛いね」と言われたいのが乙女心ではないだろうか。


 自分がブスなのか、そんなのダイレクトに言ってくる人はいるわけもないから、実は本当の自分の容姿がどれぐらいなのか分からない。

 ただ、私の経歴に「告白をされた」「告白をした」「付き合った」というものは一切なく、他の課の人からは何気に「妖精さん」とか呼ばれている。
 これは男性経験ゼロというのを意味するからかいの言葉だ。
 でも、私はこういう事を言われるのも慣れっこで。
 自分の運命はこういうものなんだって思い込んで生きている。


 すでに日も落ちて、ブラインドの下がった窓のそばで、しおれかけた花を見つけたから、私は最後にそれに水だけあげて帰ろうと思った。
 コップに半分くらいの水を入れて、土にまんべんなく水をあげる。
 この花を持ってきた係長は、最初は綺麗だろーなんて自慢げに言ってたくせに世話に飽きると水もやらない。
 私はそでに水がかかってしまったのを軽くハンカチでふきながら、またコップを洗って戻そうと給湯室に向かった。
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