金色の陽と透き通った青空
第5話 杏樹の謎
 杏樹の店は店舗兼住居になっており、店舗スペースは、8畳大の店舗スペースとその右隣が、8畳大の焼き菓子工房。工房から店舗奥のプライベートスペースに出入り出来る。

 プライベートスペースの間取りは、8畳大のダイニングキッチンに、6畳大の寝室兼書斎、トイレ、洗面所、バスルーム、3畳大の作業スペース、ダイニングキッチン端には急傾斜のはしご階段がかかっており、12畳大の屋根裏部屋に行ける。

 屋根裏部屋は場所的には店舗と焼き菓子工房の上の部分にあたり、天井は屋根の形に合わせた急傾斜の形をして、こげ茶色の塗料で塗った梁が、いい雰囲気にレトロな味わいを出している。
 壁面は真っ白な塗り壁で、床にはオークのフローリングが貼られてて、ベッドが置かれている。
 3畳ぐらいのウォークインクローゼットもあり、以前は寝室として使っていたが、急傾斜のはしご階段の上り下りがおっくうで、寝ぼけながら階段をおりた時に一度足を滑らせて、上からストンと下まで落下してしまった。その時は大怪我した!!と思ったが、たまたま運良く怪我も無く擦り傷ぐらいで済んだが、それからちょっと恐くなってしまい、寝室に使う事をやめ、今は空き部屋状態だ。
 だが、屋根裏部屋にあるベッドの真上に、ちょうど大きな天窓がついているので、時々星の綺麗な夜にはここで寝て、夜空の星を眺めて楽しんだりする事はある。
 この部屋は星を楽しむ以外に、まあるいステンドグラスのはめ殺しの窓ガラスがついていて、朝 方、朝日がその窓ガラスを照らすと虹色の光が部屋に射し込んできて広がっていき、とても美しく幻想的で、杏樹のお気に入りだ。
 屋根裏部屋には大きなドーマ(屋根から突き出して設けられた採光用の窓)がついており、このスペースには厚手の大きな板で作った、作り付けの机があり、以前は書斎として使っていた、急傾斜のはしご階段の問題さえなかったら、なかなか居心地のいい部屋なのだが……。

 ダイニングキッチンは、陶器のシンクに水栓金具はアンティークなゴールドに陶器風のつまみ。壁面にはレンガタイルが貼られていて、システムキッチンの扉は白木でカントリー調。
 部屋中央には、同じ白木のダイニングテーブルにベンチ椅子が置かれている。そのちょうど上あたりにカントリー調のロウソク球シャンデリアが下がっている。カップボードも同じ白木でカントリースタイル。
 壁面にはちょっとアンティークな薪が火力のクックストーブが置かれていて、寒くなると、ここで薪を燃やし暖をとったり、色々なオーブン料理や煮込み料理を作ったりする。
 すぐ側にはロッキングチェアーが置かれていて、冬はここに座って、ストーブの炎を眺めて楽しんだり、温まりながら編み物を楽しんだり、本を読んだりして過ごす。夜長の季節には、とても居心地のいい癒しの場所だ。あまりにも気持ち良くて、時々そのまま居眠りしてしまう事もある。

 ダイニングキッチンには大きな両開きのフレンチドアがついており、そこからウッドデッキに出入りすることが出来、そこには、丸い形の白い鋳物のガーデンテーブルとお揃いの椅子が置かれてて、背景は奥深い森で鳥の声がさえずり、家周辺の庭はハーブが沢山植えられている、そんな中でお茶をしたり、食事をしたり楽しむ事が出来る。ブログにUPされている画像はここで撮影したものである。
 ウッドデッキにはこけら葺き(木を何枚も重ねて葺いたもの)の屋根が伸びて庇となっており、デッキ端の方は物干し場になっていて、洗濯場でもある脱衣室からも出入り出来る扉がついており、日中は、風景画の絵の一部のように、杏樹のお手製の服が干されていて、風にユラユラはためいてる。

 3畳大の作業スペースは、ソーイングコーナーとして使っており、カントリー調のシンプルな作業机と同色の木の椅子が置かれている。作業机にはロックミシンとミシンが置かれている。
 壁面には整理棚があり、沢山の布地や針箱、ボタンやレースや、小物類などが分類事にぎっしりと分けられて置かれている。
 その端にはアイロン台とハンガーパイプがあり、ハンガーパイプにはヤードセール用に杏樹が作った、リネンやコットンのナチュラルなデザインの服がハンガーにかけられて沢山吊るされている。
この中には注文を受けて作った物もある。
 杏樹のナチュラルな服はけっこう人気が高く、最近は注文分だけで作るのが精一杯な状況だ。
杏樹自身も手作りの服をいつも着てるので、杏樹の着ている服をお店で見たお客さんが作って欲しいと頼んで来たりという事もある……。
 ハンガーパイプ端の支柱には、手作りのリネンバッグも沢山下がっている。
 床には大きな籐籠に、手作りのポーチや、ミニコインケース、ティッシュケース、ペンケースなどなど……。手作りの小物類が色々……。

 本業の焼き菓子以外に、小物や服を作るのに大忙しで、更にブログやメールチェック……。最近睡眠時間が4時間ぐらいしかなくてちょっと体がキツイ。そろそろ焼き菓子のネット販売は終了しようとおもっている。

 寝室には、ブリティッシュスタイルのアンティークな木のベッドにナチュラルなファブリックと、その脇にアンティークな英国製のライティングデスクが置いてあり、そこを書斎コーナとして使っている。
就寝前、ライティングデスクの机の台になる扉を開けて、ノートパソコンを置いて、電源を入れ、机とお揃いのアンティークな椅子に腰かけて、杏樹は頬杖をついてメールをチェックしていた。

「あ……。また来てる……」

 ハーブティーの話題がきっかけで、まるでメル友のように頻繁にメールのやり取りをするようになった人……。ハンドルネームは ”フール” さん。
 数日前にネット販売の焼き菓子を購入した人との事で、調べてみた。

 ――工藤 誠一(くどう せいいち)、住所は東京世田谷区xxxマンション10階……。
 
 きっとこの人に違いない……。
 結婚に失敗して、男の人は懲り懲り……。結婚も恋愛ももう二度としない。一人で生きていこうと誓ったから、男性の人とメール交換なんて抵抗が無い訳ではないが、特に下心があるようにも見えないし、真面目そうな雰囲気……。
 メール内容にそう言う変な兆候が見え始めたら、相手にしないで無視すればいいかなと思いながら戸惑いながら返事を書いている。
 けれど少し、この謎めいた ”フールさん” に興味がわきはじめていた。
 結婚はもう懲り懲りだから、恋愛感情ではなく、友情みたいな気持ちというのだろうか……。
 それにこんな森の中の一軒家では、お客さん以外話す人も居なくて、少し淋しい気持ちでもあった……。


 * * * * *


 杏樹様

 今日、ブログのお知らせを読みました。
 近々、焼き菓子のネット販売を終了するそうですね。

 東京に住んでいるのでなかなかそちらの店舗には行けず、ネットショップで焼き菓子を買って食べる事がとても楽しみでしたので、ちょっと残念です。
 ですが、お忙しい身、杏樹さんの体の事を思えば、ネット販売終了も止むを得ないのかなとも思っております。

 その時には、頑張って店舗にまで買いに行こうかなと思っております。
 ネット販売終了の事、とても悩んでいる様子が書かれておりますが、睡眠時間4時間はやはり無理しすぎだと思います。ですので、無理なさらずに、頑張りすぎないでくださいね。

 ブログに色々辛辣な書き込みもされてるようですが、気にしない 気にしない。
 時が過ぎれば、そんな批判も消えますから。
 何かの時には僕がお力になりたいなと思ってますし……。

 ですから大丈夫ですよ!!

 フールより


 * * * * *


 凄く嬉しかった。
 自分の身を案じてくれる人が居てくれる。例え顔の分らないメールだけの繋がりの人でも……。
 お店のお客様、製菓材料の取引先の人、いろいろ関わりのある人は居ても、本当は孤独で独りぼっちだったから……。

 ブログで焼き菓子のネット販売終了の心境をUPしたら、殆どがやめないで欲しいの書き込みだった。中には怒りを露にする人もいた。中傷的な内容の書込みもあった。

 確かに自分に非があると思う。始めた事を途中で終わらせてしまうのだから……。

 お店を始めて、まさかこんなにいい反響がすぐに起きるとは思ってもいなかった。
 もしかしたらすぐにお店が潰れてしまうかもしれないと、不安の方が大きかった……。
 あまりににも物事がトントン拍子に順調に運んで行ったので、唖然と驚いている気持ちもあったし、あまりにも順調すぎて恐い気持ちにもなった。
 でも、これ以上頑張るのは限界。時には体調が悪くても体にむち打って頑張った日もあった……。

 忙しくて、充実して楽しいのだけれど、ほんのちょっと休みたい……。ネットショップの注文が多すぎてやりくりできない状況にまで来ていた。

 その気持ちを汲んで思いやりのメールをくれたのがフールさん1人だけだった。
 時々私の事を知ってるのかなと少し恐い気持ちにもなったが、今日のメールは本当にありがたかった。

「フールさん...あなたは、工藤誠一さん?」

 聞きたい気持ちだけれど、もし違っていたらとても失礼だと思うし、個人情報を他人に教えてしまう事になるかもしれない。やはり聞けない。

 ――実は、智弘が工藤誠一と言う名前を使って、いつも焼き菓子を注文していたので、杏樹の思っている人とピタリとと当て嵌まっていた。

 実はあの隠れ家にしているマンションは、一番信頼の置ける秘書の名前を借りて、秘書名義で購入したマンションだった。その秘書の名前が ”工藤誠一” 実在の人物だ。




 ――嬉しくて、杏樹は返事を書いた。
  

* * * * *


 フール様

 ご心配下さり、ありがとうございます。
 実は私は家族が居ないので、相談する人も、心配してくれる人も居ない身です。

 それに結構心が弱くて折れやすいので、思いやりに溢れたメールに心温まり、元気が出ました。

 本当にありがとうございます。
 嬉しくて感激してます。

 杏樹より


 * * * * *


 このメールを読んで、智弘は驚いた……。

「海藤隆也は君の父親じゃないのかい? 海藤雅也は君の兄さんじゃないのかい? 家族が居ないって……。君はいったい……」

(第6話に続く)
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