HAPPY CLOVER 4-学園祭に恋して-
#02 頭の中にはびこる荒んだ思考を蹴散らせ(side舞)

 小説の中にはよく「美人」が登場する。

 誰が決めたのかは知らないが、ヒロインが美人というのはほぼお約束で、ライバルも系統は違えど美人だったりして、物語の世界では美人しか生きることが許されていないんじゃないか、と思うことさえある。

 でも不思議なことに物語を読み進めていくうち、そのヒロインにどっぷり感情移入し、素敵なヒーローに愛されるのが自分だとうっかり勘違いまでして、最後のページを読み終える頃にはすっかり「絶世の美女」気取りの私がいたりする。

 ――勿論、脳内での話ですよ?

 本を閉じて、鏡を見た瞬間、あっけなく魔法は解けてしまう。

 現実世界では魔法が解けてしまうから、また物語の世界へ旅立ちたいと思うのかもしれない。

 そうして本の中に旅することをどれくらい繰り返してきたのだろう。おかげで私の頭の中には今まで蓄積してきた大好きな小説やマンガのヒロインたちがひしめいている。 

 物語のヒロインみたいな美人で性格もよい女の子が現実に存在するとは思わないけど、そんな人に憧れるくらいは許されるだろうと思うのだ。そう考えると、私も乙女なんだなと苦笑したくなる。



 だけど物語のヒロインみたいな女性が、現実に存在したらどうなるのだろう。



 きっとテレビの中のアイドルが目の前に現れた瞬間のように、周囲は騒然となるはずだ。

 私は頬杖をついて窓の外を見る。

 ついさっき、私たちはその現場をこの教室で目撃したのだ。

 ――「天は二物を与えず」が当てはまらない人もいるんだよね。

 そういえば、私の隣の席に座っている人がそうだった。

 清水くんは容姿が美しく整っているだけでなく、成績もよく、人付き合いまで上手くこなしている。

 ――ま、私くらい人付き合いが苦手な人間を探すほうが難しいかもしれないけど。

 ふう、と大きなため息が出た。

 自分のことはよくわかっているつもりだ。

 このダサい眼鏡をやめて、夏休みのようにコンタクトレンズにすれば、人並みに見えるかもしれないのだし、自分から頑張って誰かに話しかけたらクラスの中にも友達と呼べる人ができるかもしれない。

 そうすれば学校に来るのも楽しくなって、勉強だって張り切って取り組めるようになるのではないか、と。

 ――そうなれば私の未来は明るくバラ色じゃないか。

 でも思うのは簡単だけど、実行するのは難しい。いや、きっとやってみたところで実現不可能なことなのだ。

 だいたい眼鏡を外し、コンタクトレンズにしてしまったら、落ち着かなくて挙動不審になる自分の姿がありありと目に浮かぶ。

 もし前の席に座るクラスメイトに勇気を出して話しかけたとしても、業務連絡のみで終了してしまうだろう。

 しかも、今の私はこの学園中の女子を敵にまわしていると言っても過言ではないのだ。これは由々しき事態だと思う。



 ――それなのに、この男は……。



 確かに、さっきこの教室に現れた教育実習生の小原綾香さんは、女子の私もうっとりしてしまうような美人で、しかも私の憧れの大学に通っているという。

 そして驚くべきことに、清水くんの元彼女であるサヤカさんのお姉さんなのだ。

 なんと言うか「こんな偶然ってアリ?」と大声で叫びたいような気持ちだけど、度胸がないので今のところその想いはひっそりと私の中に閉じ込めておく。

 ――というか、ホント「女好き」としか言いようがない。男の人ってみんなそうなの!?

 まぁ、清水くん以外の男性のことまで私にはわからないが、一般的に男性の性質としてそうだとしても、彼の場合は度が過ぎると思うのだ。

 百歩譲って、綾香さんに見とれてしまうのは仕方がないとしよう。

 しかし、必死でアイコンタクトまで取るとか……。

 そこまで行くとどうかと思う私は了見が狭いのでしょうか? 誰か教えてほしい。

 そして「どういうつもりですか」と訊くのもバカバカしくて、ここで窓の外に目をやりながら鬱憤を溜め込んでいるというのが、現在の私。

 ――なんかもう、どうでもよくなるよね。何もかも全部……。

 ふーーーっ、とさっきよりも長い長いため息が漏れる。

 それにしてもあの綾香さん、いや、綾香先生は、本当に仮想の世界から飛び出してきた女性のように、どの角度から見ても完璧だった。というか、あまりにも美しいのでまともに見ることができなかったのだ。

 あの「綺麗なお姉さんオーラ」はどんなに頑張ってメイクを施そうと、普通のお姉さんでは出せないものだと思う。

 差別はよくないというけれども、生まれたときからこれほど差をつけられていたら、どう足掻いても敵うわけがない。平等なんて発想は所詮理想であって、理想イコール永遠に実現不可能ということなのだな、と再確認する。



 ――ああ、もう! なんか私ってものすごく嫌な人間だ!



 とりあえず頭の中にはびこる荒んだ思考を蹴散らして深呼吸した。 

 これは俗に言うひがみという感情だ。今までも清水くんにまとわりつく女子に対して嫌悪感はあったけれども、綾香先生の場合、彼にまとわりついてもいないのに私はすっかりいじけている。

 しかも朝のホームルームが始まる前に、清水くんが学園祭の手伝いをしろと言い出したのが何だか気に入らなかった。

 ――だって苦手なんですよ、こういうの。

 もう少し私の気持ちをわかってくれてもいいのに、と思ってしまうのはわがままなのだろうか。

 チャイムが鳴り、授業が始まる。少しホッとして黒板のほうを見たら、隣から視線が突き刺さってきた。右側の腕にチクチクとした痛みを感じつつも、私は徹底的に無視を決め込んでやった。
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