HAPPY CLOVER 4-学園祭に恋して-
#03 アレ……が、来ない?(side暖人)
 正直に言おう。今、俺は猛烈に気分が悪い。

 一日の最後の授業をこんなに不愉快な気分で終えることになるとは思わなかった。

 その不愉快の原因は、言うまでもない。俺の隣に座っている眼鏡女子だ。

 舞が少しずつクラスメイトに興味を持ち始めたことは、俺にとっても嬉しいことではあるが、いくら広い心の持ち主の俺でも、俺以外の男に見とれるなんてことを許すわけがない。

 ――俺、俺って、自己主張激しいのか、俺。

 とにかく、非常に面白くない。

 あれから何度目かわからないが、もう一度堀内のほうへ視線を放った。「チャラ男」と呼ばれている割にこのクラスでは口数の少ない男だ。それもそのはず、高梨と付き合っているから、自慢のフットワークの軽さを披露する場面がない。

 ――しかし高梨もよくあんなヤツと付き合ってるよな。

 チャラ男こと堀内は、高梨と付き合い始めるまで、学年でちょっとかわいいと噂される女子に片っ端から声を掛けていた。俺の目算では、当時の勝率は五分というところか。細身で案外整った顔だから、女子に毛嫌いされるようなタイプではない。

 だが、彼女がいてもかわいい女の子を見つけるとすぐにちょっかいを出すから、付き合いが長く続いたためしがない。……それも高梨と付き合い始めるまでは、の話だが。

 俺が思うに、高梨はとんでもない女だ。

 まず彼女はこのクラス内の女子グループの枠を超越した存在である。一応、西こずえたちとは別のグループに所属しているようだが、西グループのメンバーとも仲がいい。舞のようにグループからはみ出している女子とも交流を持っている。

 結束の緩い男子のグループなら比較的高梨のような立場の人間は多いのだが、女子グループは基本的にそこまで融通の利かないものだ。グループ内におさまりきらず、あちこちでいい顔をしていれば爪弾きに合う。

 しかし高梨のすごいところは、決して「いい顔」をして歩いているわけじゃないということに尽きる。彼女は誰かに気に入られようだとか、取り入ろうとは一切考えていないのだ。

 ――いや、「考えていないように見える」というべきか。実はアレが計算されたふるまいだとしたら、それはそれで怖いな。

 そしておそらく高梨の頭の中では男女の性差に対する観念が、一般的なソレと比べて自由なのだと思われる。普通、思春期を迎えると異性に対して「恥ずかしい」という感情が芽生えるものだが、高梨はきっとその感情が薄いのだろう。

 堀内と高梨が付き合いだしたのは何がきっかけだったのか、俺は知らない。

 気がつけば堀内が高梨に夢中になっていて、奔放すぎる高梨に堀内がいちいち嫉妬し、さすがのチャラ男もよそ見している暇なしに今日に至る、という感じか。

 この場合、高梨の手綱さばきが絶賛されていいはずだ。ヤツらが付き合い始めて半年以上経つ。そろそろ堀内の「チャラ男」も返上していいんじゃないかと誰もが思い始めていたと思うから。

 ――しかし綾香さんも罪な人だな……。

 俺は高梨に同情すると同時に、やっぱり高梨は堀内が好きなんだ、と変な実感を持っていた。

 というのも傍観者の俺からすると、堀内の高梨に対する想いばかりが強くて、高梨が堀内を彼氏だと認識しているようには見えなかったのだ。

 もしかしたら堀内の一方的な片想いなんじゃないか、と。

 そのくらい高梨の態度はわかりにくかったと言える。

 ――まぁ、俺の隣に座っている人も高梨に匹敵するわかりにくさだけど。

 だが彼氏彼女の内情ってヤツは他人には見えないものだ。当人ですら見えていない場合が多い。

 結局、俺もそうなのだと思う。

 夏期講習中に舞が俺を「女好き」と決めつけたのも、それまでに舞が腹の中に溜め込んでいた本音なんだろう。

 ――俺なんか全然マシだと思うけどな。

 そもそも舞以外の女に対して誤解されるような態度をした覚えはない。

 むしろ舞のほうが諒一と何かあったらしいのに、それを言わないばかりか、堀内に見とれるなんてとても許しがたい行為だ。

 胸中には暴風が吹き荒れているが、表面上は何事もなかったように穏やかな態度を心がけている俺は、なんて物わかりのいい彼氏だろうか。

 ――しかも二人きりになったところで、舞の態度は今と全然変わらないっていうのが納得いかない。

 あの高梨はどうなんだろう。堀内の前で特別に甘えたりするのだろうか。

 隣の席に座る人を盗み見ると、普段と寸分違わぬ無表情を頬に貼り付けて、黒板を真っ直ぐに見つめていた。
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