たなごころ―[Berry's版(改)]
7.見上げたビルの中で
 笑実は高く上った日の光を反射させているとあるビルを、車窓から見上げていた。それと一緒に。ぽっかりと開いてしまっていた口に気付き、慌てて閉じる。視線を車内へ戻せば。笑実の隣には、不機嫌そうに眉間に皺を寄せ、眸を閉じたままに腕を組んだ箕浪がいる。笑実は彼に問う。

「箕浪さん。これからあのビルへ行くんですよね。会社は何階にあるんですか?」
「自社ビルだから、全階が会社。行くのは会長室」

 まるで、投げるように与えられた箕浪の回答を聞き、笑実は窓ガラスに頭を預た。たまらず、零れるのは、大きなため息だ。今朝、あの古めかしくも懐かしい雰囲気のある――わにぶち――の前に。あまりにも不釣合いな黒塗りの車が停まったときに感じた、自身のいやな予感を信じるべきであったと。運転手と秘書が恭しく現れた時点で、嘘を付いてでも引き返すべきであったと。笑実は数分前の自身の行動を、酷く後悔していた。

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