かえるのおじさま
始まりの夢
少女趣味過ぎるほど甘い桃色……薄ピンクのリネンに身を埋めて、美也子は開いた文庫本に集中しようとしていた。

(現実の男なんてこりごり。そのぐらいなら、ファンタジー小説でも読んでいた方がマシだわ)

別れ際に彼が吐いた言葉が耳にこびりついている。

『男に幻想を抱きすぎなんだよ。お前が何をしてもニコニコ見守ってくれて? お前だけに一途で? あと、なんだっけ……そう、王子様みたいな? ンな男がいるもんかよ!』

幻想を抱きすぎなのはお互い様だ。

(声を出せって何よ。そんなもん、気持ちよくしてくれたら自然と出るんじゃないの?)

別れの直接の原因はソレだった。

もちろん、ほかに積もった物もあったが……「抱いても面白くない」と言われたのはさすがにきつかった……

(あ~、もう! ちっとも頭に入らない!)

開いた本を少し乱暴に投げる。表紙に描かれた見目麗しい王子が、小柄な姫を腕におさめてうっとりとしているのさえ疎ましい。

(私だって、現実の恋愛とファンタジーの区別ぐらいつくっちゅうの!)

だが残念ながら、幻想を捨ててまでのめりこみたい相手にいまだ出会ってはいない。むしろ、出会いたいと思ってさえいる。

生身の相手には腹の立つことも多い。相手だって同じだろう。そう、今回の彼のように、カラダの相性だってある。それでも、その全てを乗り越えてでも一緒にいたいと思うほどの相手に……

(これも一種の、『理想が高すぎる』ってやつよね)

ため息をつきながら書籍を拾い、軽くページを整えて閉じる。

(そんな恋愛自体がファンタジーなのかも)

軽く自嘲の笑いを浮かべて布団にもぐりこめば、気だるい眠りの予兆が意識に薄幕をひいた。

(別にいいけど、ね)

もうしばらくファンタジー小説のお世話になりそうだ。
甘く、激しく、一途な恋。
そんな理想の恋で寂しい心を満たしてくれる、夢物語に……
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