社内恋愛のススメ
『婚約者』



彼との初めては、夢心地。


フワフワと浮いて。

そのまま、どこかへ飛んでいってしまいそうで。


ひどく、現実感のないものだった。





「しゅ、主任………。」


思わず読んでしまった、今の彼の役職。

それを耳にした上条さんが、苦い笑みを浮かべて首を横に振る。



「有沢さん。」

「はい!」

「今は、プライベートなんだが。………名前で呼んでくれるかい?」


低い声が、すぐ近くで聞こえる。

耳元で聞こえるその声に、ゾクッと震えてしまう。


声を聞いただけで、私の心臓は大暴れ。

それなのに、上条さんはまたその声で囁く。



「有沢さんじゃなくて、実和って呼んでもいい?」


実和。

それは、私の名前。


上条さんが口にしただけで、自分の名前が特別になった様に聞こえるから不思議だ。



上条さんが、私を呼ぶ。


有沢さん。

呼び慣れたその名前ではなくて、実和と呼ぶ。




そんなの、ダメって言う訳ないじゃない。

そんなことでダメって言うくらいなら、私はきっとここまで来ていない。


今まで築いた関係を崩すのが怖かった。

その関係が壊れてしまうくらいなら、ずっとこのままでいいと思ってた。


そうやって、逃げてきたのだ。



4年前の私なら、また同じ答えを選んでいた。


逃げて。

何もなかったみたいに振る舞って。



だけど、私はここにいることを選んだ。

今の私は、上条さんの隣にいることを自分から選んだ。


上条さんと一緒にいたい。

朝まで、ずっと一緒にいたい。


もっと深く関わりたいと、願った。



もう戻れない。

元の関係には戻れない。


上司と部下。

それだけの関係は、ここで終わる。



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