愛を教えて ―輪廻― (第一章 奈那子編)
(7)光のもたらすもの
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「あ、伊勢崎くん、今度はそっちお願いね」

「はい。ゴミはどうしますか?」


茜は学生用のトイレを借り、手を洗って外に出たところだった。聞き覚えのある声に、思わず振り返る。


佐伯茜(さえきあかね)はつい先日十八歳になった。

老舗の和菓子屋の長女で、昨年、藤原邸でメイドとして勤めていた。万里子が嫁いだころから、今年の一月までというほんの短い間であったが……。彼女にとっては忘れられない経験だ。

高校を卒業したら、ぜひまた勤めたいと思っている。しかし、それにはひとつ気掛かりが……十七歳の彼女を襲った藤原家の息子、藤原太一郎の存在だった。



太一郎は粗野で乱暴な男だ。年配のメイドから充分に気をつけるように注意されていた。もちろん、茜も可能な限り避けていたのだ。

しかし、先輩のメイド永瀬あずさに言われ、仕方なくクリーニングを届けることになる。入り口で手渡すつもりが室内に呼ばれ、クローゼットに片付けて行けと言われた。

茜はあずさに警告されたとおり、入り口の扉を少し開けたまま中に入った。

その直後である。太一郎は茜の腕を掴み、グレーのメイド服を引き裂いたのだ。懸命に「私は高校生です。十七歳なのよ!」と叫んでいた気がする。

だが、太一郎はそんな茜を鼻で笑った。


『だからなんだ? 履歴書なんて簡単に書き換えられるんだよ。お前の家って金に困ってんだって? 金目当てに俺に言い寄ったってみんな納得するだろうな』


大きな声を出した瞬間、頬を殴られた。怖くて声も出なくなり、カタカタ震える唇に、生温いものを押し当てられたのだ。

太一郎の唇からは煙草とアルコールの匂いがした。茜にとって最低のファーストキスだった。

あのとき、社長夫人の万里子が飛び込んで来てくれなかったら……。それを考えると、今でも恐ろしくて夜中に目が覚めるときがある。

事件の直後は本当に訴えようと思ったが、万里子に諭されたようで、太一郎は茜に謝罪してくれた。

そのあとすぐ、太一郎は藤原邸からいなくなってしまい……。茜も母親が退院して和菓子屋を再開したので、結局その辺りの事情はわからないままだった。


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