愛しい太陽
9
 寝台に座る陽菜、寝台の下に跪くアズィール。陽菜はきょとんとアズィールを見下ろしている。

「ヒナ、何に変えても守ると誓う。我は希う…ヒナ、どうか俺の妻に…」

素足を手に取り、足の甲に口付ける。

「アっ…アズィール!?」
「俺の愛は…お前だけのものだ」
「っ」
「返事は一つだ。はいと言え」

伸び上がって膝頭にキスを贈り、そのまま胸元にもキスをした。

「ヒナ、返事がない」

催促しながら唇を啄む。

「…はぃ」
「………は?…い、いいのか?」
「…駄目?」

首を傾げられて、アズィールは脱力するように陽菜の膝に額を頭を預けた。

「アズィール…どうし…」
「ヒナ!」
「え!?な、何…?」
「もう一度…もう一度聞かせてくれないか?」
「…あ…うん?」

気遣って頭を撫でようとしたが、勢いよく顔が上げられて手が宙に残る。その手を取ったアズィールが、見た事もない程に目を輝かせた。まるで子供だ。

「俺の妻になってくれ」
「はい」

はっきりと即答されて胸が熱くなる。

「ヒナ、ヒナ!もう俺の妻だ!」

こんなにテンションの高いアズィールを見たのは初めてだ。寧ろ、ここまで喜べるのかと感心してしまう。陽菜をきつく抱き締め、キスの雨を降らせる。

「ヒナ!婚儀だ!サイードが戻った翌日にはすぐに婚儀を執り行うぞ!」

ハイテンションに付いて行けず、陽菜はきょとんとしていた。喜びを躯でも表現しているアズィールは、やはり大きな子供にしか見えない。

「すぐドレスを用意させよう。白もいいが、やはりクリームゴールドのドレスだな…美しい装飾をふんだんに施して、太陽を模したティアラでお前を飾ろう。サイードとミツキの式典の式次は知っているだろうが、俺の場合の式典には手順が増える…お前ならすぐに覚えられる」
「ぁ、あの、アズ…」
「アリー!聞こえたな!?すぐに手配だ!」

アズィールが声を張り上げると、外からはアリーの返事があった。昂奮が収まらないアズィールは最早別人格だ。紳士で、暴君にもなり、また子供にもなる。陽菜にしてみれば未知との遭遇だ。

「ヒナ!ヒナ!」

何度も名を呼び、抱き締めてキスを繰り返す。だが嫌な気はしない。

「アズィール」
「ヒナ」

頬を両手で包み、自らキスをすると、アズィールが硬直した。

「…愛してあげる」

妙に素直になるのが癪な気がして、そんな言い方しか出来なかった。それでもアズィールが破顔する。

「あぁ、ヒナ…俺を、愛せ」

こうして王太子宮では本格的に王太子妃を迎える準備が始まった――。




 同じ月のうちに、王位継承権を持つ王子の婚儀が執り行われたのは初めてだ。そのどちらもが、唯一の妃として日本人を迎えた事も、世界を騒がせるニュースとなった。
そうなる事を恐れていたのは陽菜だ。ゴシップ誌に自身の過去が暴かれて、アズィールに迷惑が掛かるのではないかと。しかし母はすでに病で他界、陽菜を暴行した父も事故で他界していた為、陽菜と付き合った男のみとなった。それも心配には及ばない事だ。躯だけなら数多いる男だが、陽菜は深く係わり合ったり、写真などの証拠に残るものは許さずだった。例え証拠があったところで、アズィールの本気の前ではそれを晒す気も失せるだろう。

【我が妻と過去の関わりを持つ男を見つけ次第、砂漠に捨てようと思う。過去があるから私に相応しくないと身を引こうとまでした…ならばその過去は私が握り潰してやろう、我が最愛の太陽の為に】 

周辺諸国はアズィールの地の姿しか知らず、密かに恐れられている。妻次第では危険な存在になりかねないと言われていたのだ。それが兄弟揃って日本人女性を唯一の妻として迎えると言う。アラブ周辺諸国でもシャーラムでも初の事に、日本は非常に友好的らしい。
 日本メディアは陽菜と美月を絡め、シャーラムの特集を組む程で、日本人旅行者もこれまでは限りなくゼロに等しいものだったが、二人が嫁いだ事で急増した。国王も今や親日家。古くからあるしきたりは大切にしながらも、新しい文化や先進国では一般的とされる事も少しずつ取り入れる事を決めていた。

一番の変事は、女性の社会進出だ。アラブ周辺諸国では、未だ働く女性はふしだらだとの認識が強い。始めは陽菜や美月の侍従に近しい仕事を批難する声もあった。それを突っぱねたのは、国王でもアズィールでもサイードでもなく、陽菜と美月だった。
二人は改めて民の前に立ち、女が仕事をする必要性やその利点を古くからのしきたりを卑下する事なく語った。アラビア語ではっきりと語られるそれは、聡明な女性である認識を広めた。二人の言葉も世界でニュースとなり、先進国ではその意見に多くの著名人や女性たちの賛同を得、途上国も一部それを認める動きを見せもし始めている。

シャーラムの太陽と月…二人はその名で世界的に名の知れた妃殿下となった。夫だけではなく、民からも愛される妃殿下だ。

 二人が嫁いで半年――日本の全国ネット局がシャーラムの特集を組みたいと、インタビューを申し入れて来た。再三に渡り、アズィールとサイードは却下を繰り返してきたのだが、シャーラムの情報は余りに少なすぎた。十数日の会合の結果、ついに国王が許可をした。
二十名のスタッフとリポーターとして有名芸人と評論家がシャーラムの迎賓館に招かれた。
迎賓館で出迎えたのは陽菜と美月だった。

「遠路をよくお出で下さいました」
「お疲れでしょうから、まずはお部屋へ案内しますね」

女性スタッフにも配慮しつつ、迎賓館の一角に一行を割り振る。

「時差もありますから、今日はゆっくり休んで下さい。こちらは皆、英語が通じます。何かあれば彼らにお願いします」
「私たちは明日の朝、改めて参ります。朝食をご一緒しましょう」

砂漠の地で聞いた日本語に、一行は安心感を得たらしい。
翌日、迎賓館には陽菜と美月だけではなく、アズィールとサイードも顔を出した。王位継承権を持つ王子二人の登場に、一行は恐縮しながら、本邦初の四ショットをカメラに納める事に成功した。王子二人は朝食の後、迎賓館を出て、それぞれがすべき事に向かう。
 陽菜と美月は国内を数日に分けて案内していく。王族の正妃自らの案内は、異国出身にも関わらず、歴史なども話に盛り込まれた完璧なものだ。互いの居住区も一部撮影させ、最後は王宮だ。国王への謁見は音声のみが許可され、親日家の国王は友好的に応じていた。

「陽菜妃殿下、美月妃殿下。ありがとうございました。シャーラムはまだまだ日本での認知度が低くありましたから、これで国内でも広く知られて行くでしょう」
「お二人がいらっしゃったからこそ実現した企画ですからね」

評論家はこの数日の取材で、旅行記のようなものを出版したいと言っていて、リポーターだった芸人は是非また訪れたいと言った。

「私と美月がそれに一役買えたなら光栄です。基本的に文化の違いは大きいですから、旅行などで足を運んで頂く前に知っておいて頂きたい事も多いですし」
「陽菜も私も、実はかなり戸惑いましたしね」
「え~…旦那様、とお呼びしていいのか迷いますが…殿下方は妃殿下たちから見てどのような方ですか?」
「アズィール義兄上は正に王子様ね。とても国を思っていらして、女性の社会進出にも一番に賛同して下さったし」
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