君想歌
*思*
翌日、運が良いのか悪いのか。
非番が三日も重なった。

天気は生憎の雨模様。

久し振りに刀鍛冶へ行く用事が
出来て玄関の近くに置かれた
番傘に手を伸ばした。


寝不足の身体は正直なもので
欠伸を何度も繰り返す。


しばらく止みそうに無い
冷たい雨。

重たく垂れ込んだ雲を見ると
真っ赤な番傘を開く。


藍色の着流しに紺色の帯。

右の前髪を少し多目に残して
緩く藍の髪紐で髪を結う姿。


番傘のせいで顔を見ることは
叶わないが美人である。


「この雨だと町に出る人も
少ない…か……」

町の様子を覗くため
番傘を目の高さに上げる。


まばらな人影をしばらく
追っていたが辻を曲がる。


奥まった所で、
ひっそりと営業を続ける
鍛冶屋、“廉”。

巡察の前に不逞な浪士に
いちゃもんを付けられた
店の主人を助けた事で知り合う。

力量良し、人当たりも良し。

和泉が関係を保つ数少ない
一人と言ってもよい。


暖簾一つ下げられていない
一見、何の変わりも無い
長屋の扉を番傘をたたみ
横に引いた。


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