恋ごころトルク
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最初に気付いたのは、体のどこ?

静かに、それは始まる。




***


「豚しょうが焼き丼ひとつ」

「はい、少々お待ち下さい」

 低い声の「豚しょうが」の「が」が鼻にかかっていて好き。別にそこを好きになったわけじゃないんだけれど。

 お弁当「サクラクック」はお昼時の忙しさでバタバタしていた。もっとこう、ゆっくり余裕のある時に来て欲しいんだけど。

 制服なんか無いから、好きなエプロンと、長い髪をまとめた上に、三角巾。それをちょっと手で直す。

「豚しょうが丼ひとつー!」
「あいよー」

 奥に居る桜井店長が返事をする。ここは桜井夫婦の営むお弁当屋。ここの商店街では美味しいと評判だ。あたしがここで働くようになって、4年になるだろうか。

 注文を受け、パックにご飯を盛りつけて準備しておく。店長がフライパンをガシガシとゆする音、右に視線をずらすと、店長の奥さんが揚げ物をしていた。

 あのフライパンの中身は豚しょうがだ。この時間帯の豚しょうが焼き丼に、あたしはありったけの思いを込める。ご飯を多めに入れている。秘密のサービスだ。大盛りのオーダーは受けてないけどね。店長たちには内緒。

 ほらほら、店の入口で待っているの。他にお客さんは5人くらい居て、あと予約の電話も入っているから、もの凄い忙しいんだけれど、この豚しょうが丼だけは特別なの。サラダもお付けします。あ、これはサービスじゃなくて誰にでも付けるものだけど。大体は店長と奥さんが調理するから、あたしがメインでやることは盛り付けだな。これだけは命かけるよ。

「真白ちゃん豚しょうが出るよー」

「はい」

 来た。フライパンからトレーへ移された豚肉とたまねぎは、美味しそうな色と香り。あたしはモリモリと盛ったご飯の上にそれをダイブさせる。お箸で器用に、こぼれないよう、容器に付いて汚さないように。今日も美味しく食べられますように。10回頼むうちほぼ毎回この豚しょうが焼き丼のあの彼が、美味しかったよって食べ終わったパックを捨てますように。

 よし。全力で盛りつけた。もう力尽きても良いくらい。午後の業務もありますが、あたしここで力尽きても良いです。

 蓋をして、割り箸とサラダを手早く付けて、ビニールへ突っ込む。
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