ロンリーハーツ
本能に導かれて
チクタクチクタク、チクタクチクタク・・・・・・・・。
あぁまた聞こえる。
私の胎内時計の音が。





36にもなれば、それなりに友人もいるし、結婚式や披露宴にも出席してきた。
今だって、新郎新婦共通の友人として、披露宴に出席している最中だ。
幸せいっぱいな顔をしている小春ちゃんと伊織の顔を見て、再確認する。

私は結婚したいんじゃない、と。

そう。
私が持っているのは、「結婚したい」という願望じゃあない。
私は一生独身で構わない。

だけど子どもは欲しい。
自分の血を分けた子が。





妊娠したい。
おなかを痛めて自分が産んだ子が欲しい。
そう思うようになったのは、36になったせいなのか。
しかもここ最近は、胎内時計のチクタクという忙しない音までが、脳内から響いてくる始末。
もちろん、本当に聞こえたことはないけど!!!

でも、子どもが欲しい、妊娠したいという願いは、日に日に切実さを増している。
やはり私は女なのだと、妙なところで納得しつつ、こうなったら願いを現実化しなければいけないところまで来ちゃったのだと覚悟を決めた。




そうとなれば、相手を探さなければならない。
子どもというのは、私一人の卵子だけじゃあ、授かることはできないし。

そのときの私は、披露宴の司会者のセリフなど全然聞いてなかった。
同じテーブルに座っていた友人(弟も含む)ともロクに話をせず、聞かず、適当に相槌を打っていたと思う。

そのとき、ある男と目が合った。

藍前伊吹。
新郎・藍前伊織の双子の弟。
そして私が外科医として勤めている病院で、内科医をしている後輩男。

新郎の伊織のことは、私の弟の歩夢(あゆむ)とロックバンドを組んでいるので、10年以上前から知っている。
だから藍前のことも、10年近く前から知っていた。
それこそ、同じ病院で働く前から。


藍前は、私に向かって、だと思う。
かすかに微笑むと、すぐに同じテーブルにいる彼のお母さんの方へ向いてしゃべりだした。
面白いのか、時折ケラケラと笑っている。
その笑顔を見たとき、私の心がざわついて、何か・・・啓示のようなものが降りてきた、ような気がした。

あ・・・いいかも。
ううん、絶対いい!

子どもの父親は、藍前がいい!!

藍前は頭がいい上に賢い。
顔も悪くない・・・というより、イケメンの部類に入ると思う。
ヤツは院内の看護師たちや女医たちに、密かに人気あるし。

無駄に明るすぎず、余計な無駄口を叩くこともない。少なくとも私が知る限りは。
心身共に健康で、筋肉が程良くついた、がたいよろしい体型。
何より藍前は、健全な性欲を持っている男だ。
「あのこと」を不意に思い出した私は、両腿をピッタリと合わせながら、微かに身悶えさせてしまった。

ぐ・・・思い出だけで、ここまで移入できるなんて。
しかも3年前のことなのに・・・。

「どしたの、ねーちゃん」
「あ?」
「何考えてんの」
「べっ、べつに?」
「ふーん」と言って腕を組んだ弟の歩夢に、私は「何よ」とつっけんどんに言い返す。

「なんか企んでるって顔してた」
「はっ?私?」
「ちとせさんってさー、何気に隠し事するのヘタだよね」

同じテーブル席にいる良太から言われてドキッとした私は、「隠すことないもん」と言った。
あくまでも素っ気なく、涼し気に。

良太もロックバンド「RAIZ(ライズ)」のメンバーだ。
だから良太(こいつ)のことも、10年以上前、それこそ超人気者になる前から知っている。
気心の知れた姉弟的な関係だから、些細な変化も見逃さない。

お互いに。

「もしかしてねーちゃん、悩み事でもあるの?」
「ない」

あ、やば。
即答しすぎた・・・?

「何かある」と思ったら、ハチの巣をツンツン突くように追及してくる弟たちだけど、祝いの席という公の場にいるからか、それ以上追及してくることはなかった。

「ま、言いたくなったらいつでも聞くよ」
「ふんっ、悩み事っていうのはね、誰かに言う時点ですでに自分で答え出してんのよ」
「そりゃそーだ」


あーああ。
可愛気ないなぁって、自分でも自覚してる。
でも「甘える」とか「頼る」という言葉、及び行為は、私には似合わないと分かってる。
そういうの、私らしくないっていうか・・・。

ていうか!
そういうの抜きにしても、「いやぁ実はさー、私、今すごーく子どもほしくてー、だから妊娠したくてー」なんて、誰にも言えるわけないじゃんっ!!!

だからこれは、私だけの秘密。
いや、私と、子どもの父親になる藍前(あいつ)だけの秘密だ。







・・・この時点で私はすでに、藍前が子どもの父親になるんだと完全に決めてかかっていた。

まだ藍前本人に言ってないのに!
この妄想力の暴走力、ハンパなくものすごいと自分でも感心する。

でもそこまで思って(それとも思いつめて)いた私は、本能がそう働いていたのか、二次会の途中から、藍前と二人きりになることに成功した。

よし!その調子、私!


三次会はバーへ移動した。
もちろん、藍前と二人っきりで。
私の子どもの父親となる藍前を陥落させることは、今や私の重要ミッション。
人生の最優先事項となっているのだ!

そうとは知らない藍前は、酔いも手伝ってくれたのか、鼻息荒い私の目論見など全然知る由もなく、私の隣でハイボールを飲みまくっては、陽気にしゃべって笑ってくれていた。






「ちょっと藍前、大丈夫?」
「だいじょぶですー」

口調が怪しい。
こいつ、そんなに飲んでたかな。
ま、いいや。

どうせ今夜はこいつんちまで押しかけるつもりだったし。

私はニンマリする顔をどうにか抑えると、「ほらタクシー来た。乗って」と言った。
私が押し込まなくても、藍前は自分でタクシーに乗った。

藍前は、「新城せんせーも乗ってくださーい」と言いながら、隣のシートをポンポンと叩いている。
ここまで陽気な声とニコニコ笑顔を、藍前が普段病院で見せることは、まずない。
私は笑いをこらえながら、「最初からそのつもりだけど」とつぶやいて、藍前が「指定」した隣に座った。


タクシーの運転手に自宅の住所を言ったのは藍前だった。
相変わらずニコニコしていたし、そのときの口調もハッキリしていた。

「あーいい気分ー」
「みたいねってちょっと藍前っ!?」

藍前が私の首筋に顔を埋めてきた。
この展開、確か3年前も・・・。

「新城せんせー、いいにおいがする」
「へっ?そ、そお?てかあんた、ここで吐かないでよ!」

何狼狽えてんの?私は!

「吐きませんよ。それより僕、ちとせさんにキスしたい」
「はっ!ああああんた・・・」
「全身に、いーっぱい」

耳元でそんな風に囁かれた私は、それだけで濡れ始めてしまった。

い、いけないっ!
ここはタクシーの車内!
運ちゃんもいるし!

「僕、ちとせさんの背中が一番・・・好き」
「ちょ・・聞こえるって」
「だから小声で言ってるでしょ」

と藍前が言ったとおり、運ちゃんにはこの「会話」が聞こえてないらしい。
よかった、とひとまず安心する。
それでも藍前は、私に寄りかかったフリをしつつ、私に逃げ場を与えないように抱きしめてる。

ああどうしよう!
早く・・・早くこいつんちに着いて!!

待てないから!!!













「う・・・ん?」
「おはよ、藍前」
「・・・おはよう、ございます・・・・・・」

一度、いや一夜ならず二夜までも、新城先生と朝まで過ごしてしまった・・・!

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