淋しいお月様
お月様はもう淋しくない
それからの私は、1日5分の掃除でなく、1日1時間は部屋の掃除をすることにした。

床に散乱しているものを、あるべくところに戻し、はたきでブックラックの上の小物の埃をと
り、掃除機をかけた。

セイゴさんが用意してくれていた冷凍ご飯もなくなったので、毎朝、いつまでもだらだら眠っていないで、米を研ぎ、卵を焼き、ちゃんと朝ご飯を取るようにした。

お弁当も、料理本を買って、その本の通りに忠実に作ることにした。

お弁当なんて、何を詰めたらいいか解らなかったけれど、本があると、料理も進んだ。

いきなり海に放りだされて、彷徨っている状態から、羅針盤を手に入れたかのようだった。

セイゴさんがいなくても、きちんと自立できるように、私は努めた。

いつかまた、セイゴさんが帰ってくるのを、ひたすらに待った。

こちらから連絡することもなかったし、セイゴさんの方から連絡が入ることもなかった。

けれど、静哉との時とは違って、セイゴさんは必ず私の元へと帰ってくると信じてた。

電話の繋がりはないけれど、セイゴさんとはこころのどこかで繋がっている感じがした。

淋しくはない、と言ったら嘘になる。

だけど、淋しい時は、セイゴさんからもらった、ウサギのぬいぐるみを抱きしめた。

抱きしめて、セイゴさんの笑顔、口調、細い肩、痛いぐらいの抱擁、そして、熱いキス――を思い出していた。

思い出にすがっているわけではない。

セイゴさんの翳を探していた。
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