ロンリーハーツ
孤独な心に寄り添って
「ちとせさんの人生から僕を締め出すな」と言った伊吹の声は、静かな怒りを秘めていた。
そして伊吹は、とても悲しそうな顔をしていた。

こいつ、今にも泣きそう・・・。

私がこいつのハートを傷つけたのか。
たちまち私のハートは罪悪感に支配される。

伊吹が私の目の前に威圧的に立ちふさがって、私の両サイドの壁に大きな両手をついてるから、私はその場から動けない。
だから最後の抵抗的に私はうつむくと、「ひとりになりたくて」とつぶやいた。

あぁ、威勢のいい、いつもの私はどこ行った!


「それで僕に何も言わずに姿消して、連絡も寄こさなかった、と」
「それは・・・・・・・・・ごめん」

顔を上げて伊吹の顔見て、またすぐうつむいた。
こいつの前だと私の・・・虚勢は、効かないどころか、どんどん剥がれ落ちていく。

「まったく。人の心の奥までズカズカ入り込んでおきながら、突然逃げ出して。そんなこと、僕は許さないよ」

伊吹のハッキリした男らしい口調に、思わず顔を上げると、真剣な面持ちの彼が私を見ていた。
く。こいつ、どんな顔していてもカッコいい・・・。

「伊吹・・・」
「ちとせさんのこと、こんなに好きにさせといて・・・。孤独に浸るのもいいけどさ、僕を頼ってよ」

・・・どうしよう。
こいつの言葉が私の心にグッと染み入って・・・バクバク高鳴り始めた鼓動は、止めようがなくて。

「いぶき・・・」

伊吹の頬にそっと手を置いた。
いいこと言った割には、心細そうな顔をしているこいつを安心させたくて。

「好きなんだよ、僕・・・ちとせさんのことが・・・好きだ・・・」
「ん・・・伊吹・・・いぶき・・・」

こいつの名前を口に出すことで、今ここにいるのは、私が惚れてる男だと、私自身に言い聞かせる。
そして伊吹は、私にキスしながら、合間に「好きだ」と囁く。

何度も、何度も。


「ちとせさん・・・ベッドどこ」
「2階・・・」
「やっぱり・・・ごめん」と伊吹は言うと、私を抱きかかえた。

「ぎゃっ!なんで“ごめん”なの!」
「2階まで行く余裕ない」

伊吹は私を抱えて歩きながらそう答えると、手近にあるドアを開けた。

「あーよかった、思ったとおりで」

「思ったとおり」とは、ここがリビングってことよね。
ホント、こいつ余裕なさげだわ。

伊吹は私を革張りのソファへそっと寝かせると、銀縁メガネをはずしてすぐ私の上に覆いかぶさってきた。

「今更だけど、ここ、他に誰かいる?」
「いない」
「ごはんちゃんと食べた?」
「てきとーに・・・んっ、いぶき・・・」
「はい」

「好き」

それを合図に、私たちは会話をやめて、お互いを貪るように求め合うことに専念した。
出す声は喘ぐときだけ、そして発する言葉はお互いの名前と「好き」だけ、という甘美な時がしばし続いた。


「ちとせさん・・・僕がほしい?」
「うん。ほ・・・しい、からもう、入れて・・・ぇ」

伊吹のビンビン元気なエッフェル塔を持とうとしたら、その手をつかまれた。
ぐぐ。こいつまた余裕の笑みを浮かべてる!

「子どもは結婚してからだよ」
「は、あぅ・・・でも、今月はもう・・・ゴールデンゾーン終わった・・・から、だいじょ、ぶ・・・」
「ちとせさん、僕と結婚したい?答えるまで入れないよ」
「な・・・そ、そんな・・・」

こいつ、意外とイビリ好きなS野郎?!

「ちとせさん、僕を見て」
「く・・・」
「僕がほしい?」
「う・・・ん、ほしいっ!」

と答える私の声は、完全に上ずってる。
それに中途半端に高められた体は、こいつを求めて疼いて・・・。
あぁもう!いい加減お預けやめて、サッサと入れろーっ!!

と思ってるのに、伊吹は自分でエッフェル塔をつかむと、焦らすように私の腿に先端をすりつけるだけ。

ちょっとそれ、絶対反則!
こいつもいっぱい濡れてんのに!!

「ほし・・・・・から、はやく・・・」
「じゃあ僕と結婚する?」
「・・・る。する!します!!あんたと結婚する!!!」
「なんで」
「は。なんでって・・・」

こいつ・・・どこまで焦らせば気が済むのよーっ!!!

「なんでちとせさんは僕と結婚したいの?」
「そんなの・・・あんたが好きだからに決まってるでしょ!あんた以外の男なんか欲しくないからに決まってるでしょ!大体あんたはカッコよくて、背高くて賢くて、自立してて料理上手で優しくて・・・いつの間にか私のハートをわしづかみにしてて。ひとりになって孤独に浸ってたときでさえ、あんたは私の心に入り込んでて!そんなこと、誰もできなかった・・・許さなかったのに・・・」

私は上にいる伊吹をキッと睨んだ。
だけど涙目だったら威力も半減するかな・・。

「あんただけなんだからね!私のハートをここまでキリキリ舞いに翻弄させることができるのは!だから・・・」
「だから、何?」

伊吹が私の濡れた頬にキスをして、涙を拭ってくれた。
いつものように優しい手つきに、私のハートがまたグッとくる。
私のハートがじぃんと震える。
その余韻に浸るように目をつぶった。

「だから、あんたと一緒にいたい。ずっと」
「一生」
「うん」
「じゃあ結婚しようか」
「・・・うん」

子どものことは関係ない。
仮に私たちの間に子どもが授からなくても、私は伊吹と一緒にいたい。

さっき自分の思いを吐露したことで、私も、そして伊吹も、それがはっきり分かった。

なーんだ。
私の気持ちって、実はこんなにシンプルだったんだ。

私が晴れ晴れとした笑みを浮かべると、伊吹もニッコリ微笑んでくれた。
そして、やっと私の中にエッフェル塔を入れてくれた。














伊吹も3日休暇を取ったということで、その日から2日間、私たちは別荘でイチャイチャ過ごした。

「よくそんな急に休み取れたね」
「うん、まあ。休みたいからシフト変わってほしいって急に頼んだこと、今までなかったから、余程の緊急事態が起きたと思ってくれたんじゃないかな。でも3日が精一杯で、後2日は元々休みだったから、それくっつけた」
「あ、そう」
「ちとせさんもよく休み取れたね」
「あーーーーそりゃあねっ、私元々休暇申請してたからさっ」

サラッと暴露して、アハハと笑ってごまかしたつもりだったけど、もちろん伊吹は許してくれなかった・・・。


とにかく、お互い時間を有効活用すべし、という意見は一致したので、3日目、別荘から伊吹んちへ戻る途中で役所へ寄り、婚姻届をもらってきた。
そして伊吹んちで記入を済ませると、私たちの両親のところへ駈け込んで、結婚するという報告をし、証人欄にサインしてもらって、役所へそれを出してきた。

何か・・・あっけなくこいつと夫婦になっちゃった。


「式挙げる?」
「あーどーしよーかー。面倒くさいよねー」
「指輪いる?」
「いらない。オペのとき外さなきゃいけないし。面倒くさい」
「ていうか、ちとせさん、すぐなくしそう・・・」
「は。なんか言った?」
「いえっ!」

私たちは顔を見合わせて、クスクス笑った。
こんな些細なやりとりも、こいつとすると面白くなるから不思議だ。

「私はあんたと一緒に暮らせたら、それでいい」
「うん、僕も。ちとせさん・・・好きだよ」
「私もあんたのことが・・・大好き」

そして気づいたら、またキスしてた。


「暮らすと言えば、家、どうしようか。ちとせさんのマンションは賃貸?」
「うん」
「ここもなんだよなぁ」
「ひとまずあんたんちに拠点移す」
「そうだね。どっちにしても、子ども生まれたら部屋数足りないし、ちとせさんの荷物も増えるとなると、新しく借りるところ見つけたほうがいいか」

「でも部屋が広くなると掃除が大変だ」とぼやく伊吹がすごく・・・可愛いと思ってしまった。
こいつ、家事は自分がするものだと自然に受け入れてるし。
でもまあ、ここだって十分広いけど、確かに私のものを全部ここに持ってきた上に、子どもも生まれたら、手狭になる。

「なんか・・・いろいろな順番がめちゃくちゃだ」
「そお?でも一番必要なことは済ませたからいいじゃん」

結婚して一緒に暮らすこと。
それにこいつ、「めちゃくちゃだ」と言いながら、ちゃんと考えてるよ。

私よりしっかりと。

「やっぱり伊吹は頼りになるね」
「そう?じゃあご褒美もらわないと」

また飽きもせず、私たちはキスをした。













「は?ついこないだ結婚したばっかなのに!?」
「それ先月の話でしょ」
「うわー仕込み早っ」
「決めるときはキチンと決めると言いな」と私は言うと、伊織に肘鉄した。

「ぐはっ」とうめく年下の義兄(いおり)を、やつの妻である小春ちゃんがそれとなく介抱しながら、「とにかく、ちとせさん、伊吹くん、おめでとう!」とまとめてくれた。

別荘で結婚すると誓ったあの日から、私たちは、というか、伊吹は避妊をしていなかった。
それプラス、しょっちゅうしてたら当たる確率はそれだけ高くなる上、私のゴールデンゾーンを集中的に狙い撃ちすれば、いつかは妊娠する。
それが1か月後に成果が出ただけだ。

「仕込み早くても、先に結婚したし」
「そうよね。それでちとせさん、今何週目ですか?」
「7週目」
「そうなんだ!じゃあ私と2週違い・・・」
「えっ!小春ちゃんもおめでた!?」

頬を染めて「はい」と答える小春ちゃんを、私はギューッと抱きしめた。

「ってことはうちらの子、同級生になるんだね」
「そうですねっ」

きゃはっとはしゃぎながら、つわりあるー?とか妊娠の話で盛り上がる私たちを、藍前の双子兄弟は温かい眼差しで見守っている。

あぁ、今の私・・・すごく幸せ。



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