歌声は君へと
2 女、人を助ける




  ▼2 女、人を助ける









『黄昏色の、空の向こう。誰がいるのだろうと、僕は、まだ見ぬ君へと手紙を書く』




 小柄な少女が、森の中を歩いていく。森は深く、そして豊かな自然を見ることが出来る。キアラはここに来るまで、ここにあるような立派な木々を見たことがなかった。

 何処かこう、不思議な感じがするとキアラは思う。
 そういったらイシュが「ここは古い森なのよ」といった。そして、精霊が住むのだと。


 "精霊"は見たことがない。だが、ここにきてからキアラは不思議な出来事に遭遇することがあった。例えば――――怪我だ。

 森には道らしい道はない。整っているとしたら、イシュがよく使う川なんかへの道は整っている。だが他はいわゆる獣道のようなものであったりと、自然そのままなのだ。
 だから、歩いていると蔓や根に足を取られて転ぶこともしばしば。擦りむいたり、何かよくわからない植物を触ってかぶれたり…そんな怪我をする。

 いつだったか、膝をひどく切ってしまったことがあった。 
 それを見たイシュは青い顔をして、膝を手当てしてくれた。痛みに泣くキアラのために、歌を歌いながら。
 すると、次の日にはすっかり治ってしまうのである。傷さえ残らない。

 それから畑で野菜の手入れをするときに、イシュが歌を歌うと成長が早くなるのだ。
 何故だろう。
 キアラはたぶん、イシュだからだろうし、"精霊"がいるからだと思う。
 精霊が、イシュを守ってるのだと。





『まだ見ぬ君は、どんな顔かな。どんな声かな。君も僕と同じように思ってるかな』




 キアラは、一人だ。

 覚えているのは、怖い人ばかりだ。怖い人。それはいわゆる、"親"なのだろう。だがキアラとは全く似ていなかった。あちこち連れてこられて、母国語を少しずつ忘れていきながら、痛い思いもした。
 そして、"出来損ない"だと、捨てられたのだ。
 悲しい。
 けれど、もう、気にしていない。それよりも今は、イシュがいる。スノウがいる。
 イシュは、あたたかかった。キアラから見て、お姉ちゃんであり、またお母さんみたいだった。寂しいとき、抱きしめてくれる。笑ってくれる。キアラはその度に胸がきゅんとする。

 だから、寂しくなんかない。
 大好きだから。





「えーっと、次は何だっけ」




 枝を拾い集めながら、キアラは歌をうたっていた。勿論、イシュから教わったものである。
 


「何だっけ。何だっけなぁ…」



 イシュの歌は大好きだ。
 キアラが眠れなかった時、イシュの歌を聞けばぐっすりと眠れた。
 
 少し離れているところに、白銀の美しい毛並みを持つスノウが見える。
 キアラがここに来たときには、もうスノウがいた。怪我をしたのを助けたっきり、一緒にいると聞いていた。大きな狼。最初は怖かった。けれど、イシュに誘われるがままさわったら、スノウはキアラをなめて見せたのである。あの時べたべたになって大変だったけれど、あれ以来、キアラはスノウが怖くなくなった。

  スノウは狼でも魔狼だそうだ。キアラはその背中に乗せて貰うのが好きだ。
 またあとで乗せてもらおう。


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