恋をしようよ、愛し合おうぜ!
17
車に乗ること20分くらい。
どうやら目的地に着いたらしく、車が停まった。
野田さんが車から降りたので、やっぱりここが目的地なのねと思いつつ、慌てて車から降りた私は、その場で立ち固まってしまった。

「・・・ここ、ですか」
「おう。おまえ行きたいって言ってただろ」
「え!?」

それは確か、先々週くらいに話したことで。
しかも荒川くんに話したことだし!
・・・まぁ、あの場に野田さんもいたから・・・だから知ってると思うんだけど!

私は、入口の方へスタスタ歩く野田さんの袖を、慌てて掴んだ。

「あの、野田さんっ」
「なんだよ」
「ここ、お料理はとても美味しいと評判だし、いつも満員だから、確か予約入れないと入れないって・・・」
「予約なら入れてるぜ」
「・・・へ?あ、でもその分お値段もかかると悦子さんも言ってた・・・」
「おまえからタカるほど、俺はまだ落ちぶれちゃいねえから安心しろ。だからつき合え」
「えっ!?」
「メシだよ、メシ。おまえ、なんか勘違いしてねえか?」と野田さんは軽く言いながら、私の手を掴むと颯爽と歩き出したので、結局私もレストランへ入ることになった。





キャンドルの灯りの向こうに座っている野田さんは、いつも以上にハンサムに見える。
席を案内されていたとき、野田さんをウットリ見ていた人たちに納得。
それは女性たちの鑑賞の目であり、彼女がチラ見するのを面白くないといった感じで見る男性たちの嫉妬の目であり。

私たち、恋人同士でも、まして夫婦でもないのに。

一方、様々な視線を浴びてる当の野田さんは、いつもどおり、リラックスして堂々と構えている。
やっぱりこの人、こういう状況に慣れてるんだろうな。
物怖じしないという点は、本物の芸能人より芸能人っぽいかも。

「なんだよ」
「ん・・っと、なんで今日はいつものファミレスじゃなくて、ここなんですか?」

しかも、荒川くんやレンがいなくて二人きりだし。
と言う勇気は、まだ持ち合わせていなかった。

「俺、今日誕生日なんだ」
「・・・あら。それはおめでとうございます。ていうか、だったらなおさら、私が奢らなきゃいけないのに・・・」
「だから金のことは気にすんなって言ってんだろ?どつくぞ」と言った野田さんは、場所を問わずホントに私をどつくだろうと思ったので、私は「嫌です」と即答した。

「この日のために貯金はたいてきた。だから心配すんな」
「余計心配になりますよ!」と私が叫ぶように言うと、野田さんはゲラゲラ笑った。

「じょーだんに決まってんだろ。毎晩こういう料理食いてえとは思わねえし、それこそ貧乏になっちまうが、たまにはいいじゃん。ごちそう食って楽しもうぜ」

確かに。もうオーダーまで済ませてしまったんだし。
野田さんが言うとおり、ここは楽しむしかない。

私はニッコリ微笑むと、「はい!」と元気よく返事をした。






「野田さん、10月16日がお誕生日なんだ」
「トトロの日だ。覚えやすいだろ」と野田さんが言うので、私は思わずプッとふき出した。

「なんだよ」
「いや・・・なんですか、そのゴロ合わせは!」
「俺、チャキチャキのジャパニーズだからよ」
「とか言いながら、なんで横文字使ってるんですか」

・・・あぁ楽しい。
この人、わざと狙って言ってるんじゃないのが分かるから、余計面白い。
だから今度は大ウケして、ゲラゲラ笑ってしまった。

「なっちゃんは夏に生まれたから、“なつき”って名前なのか」
「あぁ、それね。何度か聞かれたことあるんだけど、私、1月生まれなんですよ。南半球は夏真っ盛りだけど、あいにく私は日本で生まれたんですよね」
「ふーん。1月のいつ」
「5日」
「イチゴの日じゃん」
「もうやだぁ。野田さんってば、またゴロ合わせしてるー。5月6日生まれじゃなくてよかった」と私が言うと、野田さんもプッとふき出した。

「じゃあよ、来年のおまえの誕生日、イチゴプレゼントしてやる」
「・・・そのときにはもうプロジェクト終わってますよ」
「だから?」
「え。だからって・・・」
「プロジェクトが終わっても、俺たち会えるだろ」
「う・・ん、まぁ・・・はぃ」

と曖昧な受け答えをしていると、タイミング良くデザートがきてくれた。
私は「助かった」と思いつつ、ティラミスを一口食べた。

「お・・・おいしいぃ!」
「おまえ、さっき“おなかいっぱーい”って言ってただろ」
「デザートは別腹ですよ」と私は言いながら、ティラミスをスプーンですくったそのとき、野田さんが、私の右手を軽く掴んだ。

私がビックリしている間、野田さんは、私の手に持ってるスプーンをそのまま自分の口に運んで・・・食べちゃった。

「な・・・」
「なんだよ」
「え。だってその・・・」
「おまえがうまそうに食ってるからな。つい一口失敬してやった」
「“してやった”って・・・。野田さん、甘いもの嫌いじゃなかった、っけ」

と言ってる私の心臓は、ドキドキ高鳴りっぱなしだ。
手首の脈だって速くなってると思うけど、野田さんはもう手を離しているので、バレずにすんでよかったなんて、的外れなことを思ってしまった。

「俺?チョコだけってのは好きじゃねえが、甘いもんは嫌いじゃねえよ」と言ってる野田さんは、抹茶ムースを頼んでいる。
ということは、確かにそうなんだろう。

「あ、じゃあもう一口食べますか?」

・・・って私今、何言った!?
また間接キス・・・することになるじゃないの!

とハラハラしている私に、「いや、いい。それよかこれ食うか?うめえぞ」と野田さんはウキウキした声で言うと、自分の抹茶ムースをすくって、私の前に差し出した。

「えっ」

いやだから、それは間接キスでしょ!
と躊躇したのは一瞬だけで、なぜか私は両目をつぶって、目の前の抹茶ムースをパクッと食べた。

「あ・・・おいしいぃ」と言いながら目を開けると、野田さんのニッコリ顔がすぐ目に入ったので、それでまた、私のときめきホルモンが活性化した。

「だろー」
「あのぅ、野田さん」
「あ」
「なぜスプーンをその・・・」
「味が混ざるだろ」
「じゃあ、荒川くんともするんですか?」
「したことねえな」
「あ、そう・・・。でもね、こういうの、彼女でもない女性にしちゃいけませんよ。相手は変に勘違いするかもしれないから」
「するか。てか俺、彼女でもない女と二人っきりで出かけねえし。あぁ、でも母親とばーちゃんは別だな」と、真面目な顔で野田さんが言うので、ついクスッと笑ってしまった。

「マジで。大体この年になるとよ、恋愛で駆け引きしようなんざ思わねえよ」
「野田さん、いくつになったんでしたっけ」
「34。なっちゃんは」
「私は26です」
「マジか。おまえ、トトロと同い年じゃん」

なんて野田氏に言われた私は、また爆笑してしまった。
何気にレアなこと知ってるなぁ、この人は。

ふと向かいに座っている野田さんと目が合う。
穏やかな笑顔で私を見ていた野田さんが、また真面目な顔になった。
つられるように私も笑いを引っ込めると、そのまま野田さんの少したれ気味の目を見た。

「こういうとこには元嫁としか来たことねえよ」
「え。てことはその・・・元奥さんとまだ会ってる、の」
「はあ?なんでそうなるんだよ」
「だ、だって・・・」と私は言うと、咄嗟にうつむいた。

・・・別に野田さんが元奥さんと会おうが、私には関係ないじゃない。
それなのに、なんで私は動揺してるんだろう。

「・・・元嫁とは別れる時もめたって、前言ったよな」
「は?あ・・・はい」と私は言いながら、また野田さんの顔を見る。

「正確に言うと、ちょっと違うんだな」
「・・・なんで別れたんですか」

聞いてよかったのかな。
でも正直言うと・・・知りたい。
それに、野田さんからこの話題をふってきた、ということは、この人が話したいのかもしれない、と自分の都合よく解釈した。

野田さんはフッと笑うと話し始めてくれたので、私はホッとした。

「俺より1コ上の元嫁は、バリバリの営業ウーマンでさ」
「え!年上だったの?」
「悪いか」
「いえいえ!」

年上の女性というのも意外だけど、仕事をバリバリこなすという点も、かなり意外だ。
でも、何となく甘えたがり屋に見える野田さんだったら、年上のほうが案外合ってるのかな。

「とにかく、取引先で出会った元嫁は、仕事ができる女でさ。俺より稼いでた」
「へぇ」
「仕事大好きなあいつは、結婚しても仕事は続けると言って、俺はそれを了承した。俺はあいつの稼ぎをあてにしてたんじゃない。単にあいつが続けたいと言うからオーケーした。それだけだ。そしてあいつは仕事のキャリアアップを図ってたから、子どもはほしくないと言った。俺はそれにも同意した。そんな感じで始まった結婚生活だが、半年もしねえうちに、なんか違うと思い始めた」
「あ・・・そぅ」

それは私とは別の状況だけど、この人も同じように思ったんだ・・・。

「結婚しても、あいつは結婚前と生活を変えようとはしなかった。それは俺も同じだったんだが」と野田さんは自嘲気味な声と顔で言った。

「残業や接待でお互い帰りが遅くなる。“今日晩ごはんいらない”ってあいつからのメール見て、俺は近所のコンビニ弁当を一人分買って家で食う。最初はそんなもんだよなって感じで受け入れてたが、残業して帰って来たある日の夜、灯りがついてない家に帰って来た時、ここ、家というより箱みてえだと思ってさ。俺、ここでくつろげてないじゃん、むしろすげー虚しいと気づいた」
「そっか・・・・」

私は野田さんとは逆に、家にずっといて虚しさを感じていた。
家庭的な雰囲気を作ろうと飾りつけをしてみたり、キレイに片づけたり掃除をしても、ここは自分の家じゃないという気持ちは、心のどこかにいつもあった。
何というか、「住まわせてもらってる」「居候」、そんな気持ちのほうが勝ってた。
私がそんな気持ちを抱いているとは知らないだんなは、「なつきさんがいる家に帰るとホッとする」って言ってくれてたよね・・・。

「あいつ、仕事が休みの前日は、必ず帰りが遅くなった。接待がなきゃ残業してたんだな。だから次の日は遅くまで寝てる。俺はあいつに仕事を辞めろとは言わなかったが、“休みの日くらいは、掃除か洗濯くらい分担してしようぜ”と言ってみたら、“疲れてるからもう少し寝かせてほしい”。“お互い週末が休みだから、そのうちの一日くらい、二人でなんかしようぜ”と提案してみたら、“買い物行ってるでしょ”」
「うわぁ・・・」としかリアクション返せなくてごめんなさい、野田さん・・・。

と心の中で謝りつつ、テーブルの向こうに座る野田さんを見ると、意外とサッパリした表情を浮かべている。
だからさっきの言い方も、少々コメディっぽかったのかな。
この人の中では、もう吹っ切れてるんだろうな、と私は勝手に解釈した。




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