恋をしようよ、愛し合おうぜ!
21
野田さんに「カタつけろ」と言われてから、今日でちょうど3週間経った。
あれから野田さんの態度は・・・相変わらず。
仕事以外の時に二人で会ってないし、二人だけで晩ごはんを食べにも行っていない。
プライベートな用件で、お互い電話をかけてもいないし、メールのやりとりも、もちろんしていない。

あくまでも“一緒に仕事をしている関係”を崩さない野田氏を見ていると、「おまえの全てがほしい」とか、「俺の全部おまえにやる」と言われたことは、夢だったのかと思う時もある。
だけど、野田さんと額を合わせあったことや、求めるように繋ぎ合った手の感触、何より「この距離を埋めたい」と強く思った、あのときの私の気持ちは、間違いなく本物で。
だからあれはやっぱり本当にあったことだよね、と自分の心に確認するように、私は何度も何度もあの朝のことを思い出す。

じゃないと私・・・くじけそうになるから。

そんな思いを抱きつつ、ビールをゴクゴク飲んでる私を、野田氏が見ているのを感じる。
野田さんだけじゃなくて、荒川くんとレンも見てるのは分かってるけど、飲まずにはいられない。

「おおぉ。ナツ、のどかわいてる?」
「ううん」

荒川くんは、「なつきさんって実は酒豪だったりする?」と私に聞きつつ、「すみませーん」と店員さんを呼んだ。

今日でプロジェクトが終了した。
それで今、私たち4人は、打ち上げをしているというわけだ。
どこに行こうかみんなで話し合った結果、いろんな種類の食べ物と飲み物があって、気軽に入れるお店がいい、ということで、おいしいと評判の無国籍料理屋さんに来ている。

「はいっ」
「中ジョッキの生二つと、他に・・」
「俺も生。小ジョッキで。あと、タコのエスニックライスと、ごぼうとレンコンのパリパリサラダ」
「はいっ」
「いかネギ和えと、牛肉のカルパッチョと、キムチとジャガイモのチヂミと、なっちゃん、これ食うか」
「はい?どれ」と私は言いながら、メニューを持ってる野田さんに、また少しだけ近づいた。

飲み過ぎだからじゃなくて、野田風シトラスの香りに酔わされてしまいそう・・・。
だけど、こうでもしないと、もう野田さんに近づくチャンスがないし。

「えっと、どれ、ですか」
「これ」と言いながら、メニューを指してる野田さんの形良い人さし指に、つい見惚れてしまった私は、ロクにメニューの内容を見ないまま「食べる」とだけ言った。

「じゃ、豚肉の香味巻きも」
「はいっ」と言う店員さんの元気な返事で、私はハッと我に返った。

・・・ここは私と野田さんの二人きりじゃないんだった。

慌てて離れようとした私の手を、野田さんがテーブルの下で掴んだ。
ビックリした私は、隣の野田さんを見て・・・そのまま見つめた。

そのとき、「ハイボールひとつください」というレンの声で、また現実に引き戻された私は、テーブルの下の手を離そうとしたけど、野田さんは離そうとしない。

「はいっ、かしこまりましたー」
「他に頼みたいのあるか。なつきは?」
「え、えっと、今は・・・いい」

結局、店員さんが行くまで、野田さんは手を離してくれなかった。

店員さんがオーダーを繰り返している中、テーブルの下で、私と野田さんの密かな“攻防戦”が繰り広げられていたことは、向かいに座っているレンと荒川くんは知らない・・・よね。



「お待たせしました~。生小ジョッキで~す」
「あ、それこっちに置いて」と野田さんは言うと、なぜか私を指さしていた。

「え?私、中ですよ」
「欲しけりゃまた頼め。でも次はジュースにしろよ」
「むむー」

と私は言いつつ、また4人で「乾杯」する。
荒川くんがオーダーしてくれた私の中ジョッキは、もちろん野田氏が持っていた。

「なつきさんって飲めるんじゃないの?」
「いや、普通」と私が、「飲めねえよ」と野田さんが言ったのは同時だった。

「な・・私、飲めますけど?」
「あぁ?おまえ、飲み過ぎるとしゃべりまくるから、あんま飲むな」
「むむむーっ!」

と言い合ってる私たちを、荒川くんは交互に見ると、「ふーん。飲みっぷりはいいよね」と無難に言って、その場をまとめた。


それでアルコールを終わりにしたのは、野田さんのいいつけを守ったからじゃない。
酔った勢いで、自分が何を言うか、そして野田さんに何をしてしまうのか、分からなかったから。
「あぁ、あのとき酔ってたし」とごまかすこともできる・・・あ、このメンバーで会うことは、もうないんだ。

とにかく、アルコールをセーブした私は、おいしいものを食べて、みんなとしゃべって、その場の雰囲気とそのときを精一杯楽しんだ。



「おつかれさまでした」
「ナツ、Keep in touchね」
「Sure! あぁっと、恭子さんにもよろしくでーす!」
「OK!」
「じゃー俺、こいつ送るから」と野田さんに言われた私は、嬉しくてつい顔がニヤけてしまったので、慌ててうつむくと、顔のニヤけをどうにか止めて、また顔を上げた。

そんな私には全然無頓着な荒川くんは、「おねがいしまーす」と野田さんに言うと、私を見た。

「なつきさん、どうもありがとうございました」
「こちらこそ、どうもありがとうございました」と私は言うと、荒川くんにペコリとお辞儀した。

「荒川くんと一緒にお仕事できて、楽しかった」
「俺もー。機会があればまた一緒に仕事したいね」
「うん」
「荒川ー、タクシー来たぞ。乗れ」
「あぁはいっ!てかお先にいいっすよ」
「いいから乗れ」
「はーい。じゃあなつきさん・・・課長のこと、よろしく!」と荒川くんは言うと、ササッとタクシーに乗って行ってしまった。

「あ・・・らかわくん、私たちのこと、知ってるの」
「知ってるっつーか、バレバレじゃねえか」
「えぇっ!!」
「あいつとは3年以上一緒に仕事してるからな。俺がおまえに接する態度見て、すぐ分かったんじゃねえかな」
「そぅ・・・」と言ってうつむいた私の頭に、野田さんの大きな手が乗った。

「荒川は俺のプライベートにまで口突っ込んでくるような奴じゃねえし、あることねえことを誰かれ構わず言いふらすような奴でもねえ。だから気にすんな」
「ちょ・・のださんっ!」
「なんだよ」
「髪グチャグチャにしないで!」
「してねえ」
「してる!」
「俺はおまえの髪を撫でただけだ」
「・・・どこが」と言いながら、私が手櫛で髪を整えていると、タクシーが見えた。



タクシーに乗った時から、野田さんと私の手は繋がれたままだ。
私のアパートに着くまで、たぶん20分くらい。
それまでは手を繋いでいたい。

これで最後になるかもしれないから。


「プロジェクト、無事に終わってよかったです」
「そうだな」
「・・・野田さん」
「なに」
「あのとき野田さんがアメリカに“行くな”って言ってくれて、私・・・嬉しかったです」
「あー、あれな。俺、つい言っちまったけどよ、あれは完全に俺のワガママだった。ごめんな」
「・・・はい?何、じゃない、なんで謝るの?」
「おまえは好きなことしてんのに、いくら惚れてるとはいえ、それを止める権利は俺にはねえじゃん」
「だったら、もし私がアメリカへ行ってたら、野田さんは私のこと、きれいさっぱり忘れることができたんじゃ・・・」
「できるか」と即答した野田さんは、繋いでいる私の手をギュッと握った。

「できねえよ。もしおまえがアメリカ行っちまったら、俺、異動願出してなっちゃん追いかけてたぜ」
「そ・・・で、でもアメリカって広いんですよ?異動願出した支店に私がいるとは限らないじゃないですか」
「俺だってそんなこたぁ知ってる。とにかく、それくらいおまえのこと好きだってことだ」
「・・・ありがとう。でも・・・ごめんね」

あぁダメ。
私・・・嬉しくて、そして悲しくて、泣きそうだ。

「今の状態で俺たちの仲、進展させるわけにはいかねえだろ」
「え」
「本音言うと、それでもいいから押し進めたいって気持ちは・・・すっげーある。だが俺一人先走ってもな。おまえの立場もあるし。だから今はガマンするしかねえんだよ」と言ったときの野田さんの横顔は、とても辛そうに見えた。

野田さん、ずっと・・・ガマンしてくれてたのか。
私への思いを表に出さないよう、必死に抑えてくれてたんだ。

「・・・のださん」
「なに」
「私を好きになってくれて、ありがとう。そして・・・つらい思いさせてごめんなさい」
「じーちゃんになった頃には、笑える思い出話になってるからよ。気にすんな」

その野田さんの言い方に励まされた私は、穏やかに微笑むと、隣の野田さんを見て「うん」と言った。

「それよか、明日は何時に出る」
「えっと・・・まだ決めてないけど、朝じゃないことは確実です」
「あぁ、おまえ朝よえーからな」
「む」

とは言ったものの、そのとおりだから朝じゃないわけで・・・。

「切符買ったのか」
「ううん。まだ」
「あ、そ。じゃあ11時ごろ、おまえんちに行くわ」
「・・・はい?」
「駅まで、いや、新幹線のホームまで送る」
「え。でも・・・」
「予定入れてねえから」
「そうじゃなくて・・・」
「しばらくおまえに会えなくなるかもしんねえ。だから送る・・あ。あいつ来るのか」
「来ない!来ないよ。来るって言ったけど、時間決めてないから、新幹線に乗ったら連絡するって言ってる・・・から」
「じゃあ俺が送る」

誰にも送ってほしくないのに、もし野田さんに送ってもらったら・・・このまま野田さんと一緒にいたいって気持ちに支配されるかもしれない。

でも・・・これで最後と思っていたのに、明日も野田さんに会える。
そして、束の間だけど二人で過ごせる、という嬉しさのほうが、今は勝っていた。

「ありがとう」と言ったところで、アパートの前に着いた。

「じゃあ野田さん。いろいろとありがとうございました」
「おう」
「また明日」と私は言うと、繋いでいた野田さんの手を離した。

野田さんは、一瞬だけ私の手をギュッと握ると、すぐ離してくれた。

「なつき」
「はい?」
「後で電話する」
「・・・はいっ」
「スマホ、充電しとけよ」
「了解です」と私は言うと、野田さんに敬礼してタクシーを降りた。

そして私が5号室の部屋に入ったのと同時に、タクシーが出発したのか、車の音がかすかに聞こえた。

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