メランコリック



幼い私は父が好きだった。
仕事から帰ってくると晩酌を始める父の膝に乗り、一緒に野球中継を見た。
野球なんて面白くはなかったけれど、試合の展開に一喜一憂する父が楽しかった。
父はよく言った。


「汐里が男の子なら、野球をやらせるんだけどな。女の子はキャッチボールなんか興味ないだろう」


私は父に望まれていないのは嫌だったので言った。


「お父さんとキャッチボールしたい」


すると、父は嬉しそうに私の頭を撫でてくれた。
そうか、そうか。汐里は野球部のマネージャーになればいい。甲子園を目指せるような強豪高のだぞ。
そんなことを言って。

母が夕食を準備する中、私と父はそうして過ごした。

結局、一度も父とキャッチボールをしたことはないし、私は野球部のマネージャーにもならなかった。
それでも、私はあの一瞬のささやかな幸福を忘れられない。

蛍光灯の白い灯り、
古い畳に触れた足の裏の感触、
母の作るカレーの匂い、
父の身体の温度。

今でも思い出せるほどに生々しい。

だからこそ、私は父を憎んでいるのかもしれない。
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