躊躇いと戸惑いの中で
飲みにいくぞ




    飲みにいくぞ




新店準備が着々と進んでいる中、辞めてしまうと河野から聞いた梶原君担当のPOPが気になり部署を覗きに行った。
就業時間は当に過ぎているけれど、この時期にさすがの梶原君も定時では帰らないだろう。
開け放たれたドアを覗き込むと、POP作成専用の機械たちが並ぶ中に、梶原君の姿を見つけた。

「お疲れ様」

声をかけて中に入れば、なんだ、碓氷さんか。という露骨な視線で見返される。
銀縁の眼鏡の奥の瞳が相変わらず神経質に鋭くて、ちょっと恐い。

「POP、間に合いそう?」
「誰に言ってる?」

冷静に問い返されて、失礼しましたと素直に謝る。

梶原君は見た目爬虫類的な感じの恐さを持っているので、私は思わず身を引いてしまう。
アルバイトの子達も、最初はいつもなじめないのだけれど、その能力の高さに尊敬の眼差しは向けていた。

そして、誰に言ってる? なんて言い切るだけあって、梶原君の作業はいつも丁寧ではやかった。
これが他の社員なら、オープン当日になっても間に合わなくてひーひー言っていることだろう。

「わざわざこんなところに様子伺いにくるっていう事は、エリアマネージャーから訊いたんだろ?」

図星過ぎて、言葉がない。

「次の新店分だけは、ちゃんとやっていくから心配するな」
「わかった」

多く語ることを嫌う彼のそばに、これ以上いても仕方ないし。
梶原君も、既に私の方など見ていない。
POP作成に勤しんでいるその姿を一瞥して、私はフロアを後にした。


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