博士と秘書のやさしい恋の始め方
◇田中先生に限って……
昼休み。

大賑わいの食堂の片隅で、私はぼっち飯(めし)にぼっち反省会をきめこんでいた。

お題はもちろん、金曜の夜のことだ。

あぁ、まったく。飲みなれないワインなんて飲むからもう……。

脳裏に浮かんだその光景に、人知れずがっくしうなだれる。

決して泥酔していたわけじゃない。

けれども、ほろ酔い加減にまかせて勢いづいた傍迷惑な女だったのは間違いない。

おまけに、あんな恥ずかしい写真撮られちゃって……。

あ、“撮らせちゃって”の間違いか……うぅ、余計に恥ずかしい。

「お隣、いいかしら?」

「えっ」

はっとして顔をあげると、丼がのったトレイを持った三角さんが立っていた。

「あ、どうぞどうぞ」

「どうもどうも」

「食堂で一緒になるのって初めて、ですよね?」

「そうね。だいたいいつも居室でお弁当だからね」

いつも食堂を利用している私と違って、テクニカルさんたちは食事を持参して居室で済ませる人が多い。

田中先生や古賀先生は時間をずらして昼休憩をとることが多いし、布川先生にいたってはそもそも不在のことが多いし。

だからこうしてラボの誰かとお昼を食べるのは、なんだかちょっと新鮮だった。

「早起きして毎日お弁当作りだなんて。しかも家族全員分ですよね?」

「うちの園はお弁当必須だからね。でも、数が二つ増えたところで手間はそんなに変わらないし。それでウチは旦那も私も弁当持参の節約家族よ」

そんな話をしつつ美味しそうにカツ丼をぱくつく三角さん。

仕事に家事に育児に、いくつもの草鞋を履きこなすのって、すっごく大変なんだろうな。

きっと、独身の私なんかが想像する以上に、ずっとずっと。
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