お持ち帰りしていいですか?
壁ドンは居酒屋の隅で

ドンッと耳元で鈍い音が響いた。

至近距離にある、苛立ちと、熱を、含んだ瞳に体がぞくりと粟立つ。


こんな目も、するんだ————

いつもは見られないその瞳に魅せられた私は、その色の変化を一瞬たりとも見逃さないように見つめ続けた。

「……なんか、……ゆって」

脳を甘く侵す、切なげな低い声。
密着、とまではいかないけれど私がほんの少し爪先立つか、または彼がほんの少し顔を屈ませればキスしてしまいそうな距離。

目の前の彼、藤澤君は、私より三歳年下で、一応会社の後輩だ。無口でいつもぼんやりしているイメージの彼だけど、仕事はできる男で、この先間違いなくエリートコースを突き進むだろう。怠情に生きる私なんてさっさと追い抜かれるんだろうなぁ————と思ったことはあるけれど、このようなシュチュエーションになるなんてことは勿論頭になかった。

今夜は会社の忘年会。そして、居酒屋の通路の隅で私は彼の腕と壁に阻まれて身動きできないでいる。

「……藤澤君、なんかドキドキする」

その目も、その声もかなりやばいんだけれど。
私は瞳を逸らさないまま、とりあえず口を開いた。
すると、彼の瞳に僅かに困惑が走って、おや?と思う。

そして、見つめ合うこと数秒、藤澤君はなぜか観念したようにハァとため息を吐く。

「…あんなのが、タイプ…?」
「…あんなの?」

唐突な彼の問いかけについ首を傾げた。そういえば、敬語を使わない藤澤君はなんだかとても新鮮。

「あ…もしかしてさっきの?」

酔いの回った頭で考える。
『タイプ』という話題ならついさっき、同期のチャラ男がその話題で絡んできたな、と。


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