君が好きだよ

 声をかけようとして、またやめた。
 肝心な事はいつも伝える事が出来ない。


 さっき買い物について行ったスーパーでもそうだ。カートを押しながら新婚の夫婦みたいだな、と思ったけれど気恥ずかしくて口には出来なかった。
 笑いながらそれを言ったのは彼女の方。手でもつないでみる?と右手を差し出されたけれど、照れが勝って拒否してしまった。


 鼻歌を歌いながらキッチンでひき肉を練っている彼女を眺める。今日はハンバーグを作ってくれるらしい。久々の手料理だし、ちゃんと好物を覚えていてくれる所が嬉しい。


 普段から言おうとする言葉を飲み込んでばかりいるので、いつの間にか無口な人というイメージが出来上がっていた。元々背だけは高かったが、当然ながらイケメンではないし常に仏頂面なので女受けは悪い。それでも彼女はそんな自分を好きだと言ってくれた。
 告白された時は本当に驚いた。小柄で大人しそうな彼女が、サークル内でも話が上手くて女子に優しかった薮内みたいな奴じゃなくて自分のようなタイプを気に入ってくれるなんて思わなかったからだ。その時でさえ、俺は自分も好きだなんて言わなかった。ただ無言で頷いただけ。彼女はそんな口下手な自分の気持ちを上手く汲み取ってくれる。


 子供の頃はもっと「好き」を伝えるのは簡単だった。幼稚園の先生が初恋だった俺は、好き好き言いながら先生のエプロンに纏わり付いていたらしい。あの頃は言葉を飲み込んだりなんてしなかった。思った事をただ素直に口に出して伝えていたはずだ。なのにいつの間にかそれを恥ずかしく感じるようになり、今となってはこのザマだ。

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