追憶のエデン
Episode5
時折カーテンを揺らす優しい風。
その隙間から陽だまりが揺らめいては、この部屋を温かく包み込むように照らし、アールグレイから立ち上るベルガモットの爽やかな香りと、まろやかなミルクの香りが、古書の独特な香りと溶け合っていく。


――ペラリ…ペラリ…物語が紡がれ続ける音と


――カリカリ…羊皮紙に彼が言葉を綴る音



二人は特に会話をするわけでもなく、ただ同じ空間にいるだけ。これがあの日以降の二人の日常だ。


彼の意地の悪さと、愛情表現の仕方は健在し、全てを受け入れているわけでもないけど、こうして過ごす時間は嫌いじゃなくなっていた。それはきっと少しずつ見せてくれている彼の本心に、彼自身が触れさせてくれているのがきっかけになっていると思う。


その証拠に彼は自分のテリトリーに他人が入る事を極端に嫌がっており、許された一部の関係者しか入室が許されていない事を最近知った。だからこうして彼の執務室でも勝手気ままに寛いでいるあたしの存在は、使用人さん達の間で密かに様々な噂が立っていると、この間あたし付きになっているらしいメイドさんにこっそり教えて貰ったくらいだ。


彼がその事を知っているのか、はたまた気付いているのかは知らないけど、毎日決まってあたしの手を取り、この部屋へと招く。最初は理由を付け、そして今では理由がなくてもあの部屋へ招かれる。


だから今日も決まってこの部屋で、何冊目になるか分からない、恋人達の軌跡を辿っていた。



――コンコン


ドアが開かれ、そちらを見れば、ルキフェルに対してとても忠実で、誠実な執事であるオロバスさんが、本日も顔色一つ変えず入ってきて、ルキフェルに何か耳打ちをし、一礼すると、さっさと出て行ってしまった。


そしてルキフェルも「少し客人の相手をしてくるけど、直ぐに戻って来るからここにいてね。」と言って微笑み、彼を追って、ゆっくりとこの部屋から出て行った。





――しかし暖かな日差しが暖色系のグラデーションに変わり、真っ黒な暗幕を空に掛け切ってしまっても、ルキフェルはこの部屋に戻って来る事はなかった。
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