恋するオトコのクリスマス
第4話 wedding 巽&志穂
『お世話になりました。せっかくシェフ・パティシエに昇格していただいたのに、半年で離れることになってしまって……本当にすみません』


雪村巽はコック帽を取り、同僚たちに向かって勢いよく頭を下げた。


クリスマス・イヴの夜が最後の勤務だった。

二年前の七月、東京にある三ツ星レストランに有名なフランス人パティシエが入り、巽は先輩の紹介でその店に移ることができた。
O市に戻ってきたのは今年の初夏。以前と同じ、暁月城ホテルのレストランに再雇用してもらえた。
ここで本腰を入れてやっていこうと思った矢先、東京で世話になったフランス人パティシエの推薦で、パリの一流レストランで働かせてもらえることになり……。
その推薦話を聞いたのが二ヶ月前のこと。

東京に行くとき、吉住志穂と付き合い始めて一年ちょっとしか経っていなかった。

巽と志穂は七歳の年齢差はあるが、幼なじみと言っていい。飲食店を経営する志穂の実家と、理容室を経営する巽の実家は彼らが生まれる前から隣同士だった。
そのうちに、巽の兄と志穂の姉が結婚――ふたりは親戚になる。

志穂にとって巽は初恋の相手らしく、小学生のころから『たっちゃん、だーい好き』『たっちゃんのお嫁さんにしてね』と言っていた。

そのころは単純に『無邪気で可愛らしい』程度に思っていたのだが……志穂が中学生になると、巽のほうが妙に意識し始める。
そんな巽の下心はやがて親にもばれ、就職を理由に志穂とは引き離された。

だが、志穂は専門学校に入ると同時に、巽を追いかけてきたのだ。
手を出したときは“結婚必須”の厳命を受けながらも、腹を括って抱いたのが三年前の三月――。

幼なじみとして過ごした時間は長いが、恋人となって三年九ヶ月。そのうち二年を離れて過ごした。
まだ専門学校に通っている志穂を東京に連れて行くことはできなかった。戻ってきたらすぐに結婚しよう、そう言って上京したのは巽の都合だ。
約束どおり、戻ってきてすぐに結婚の日取りを決めた。ちょうど交際四年目となる来年のホワイトデーがいい、という志穂の願いを受け入れた気持ちに嘘はない。

だが……パリでさらにチャレンジしてみたい気持ちを打ち消すことはできなかった。

二ヶ月間悩み続けて、巽は渡仏を決めたのだ。

そして一週間前、意を決して志穂に告げたが――。

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