リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【後編】
4章 山も谷も2人で超えよう

4.霧が晴れたら歩き出そう

「おはよう。早いな」

突然のその声に、明子は小さく息を飲み、ビクリと肩を震わせた。

「悪い。驚かせたか?」

ゆっくりと背後を振り返れば、明子の真後ろで「すまん」と言いながら片手を挙げて詫びている、そんな君島の姿があった。

「おはようございます」

びっくりしました。
月末までは客先に直行することになっているはずの君島がいることに、明子は目をぱちくりと瞬かせて、「どうしたんですか?」とその理由を尋ねようとしたが、それは君島の言葉で遮られた。

「どうした、その声」

ややしわがれた明子の声に、君島は目を丸くして、風邪かと明子の体調を尋ねてきた。

「ちょっと。うっかりにも、ソファーでうたた寝してしまいまして、喉がこの有様に」

今の自分を取り囲んでいる解決の糸口すら見つけられない問題の山について、うだうだと考え込んでいるうちに眠ってしまった明子が目を覚ましたのは、午前二時を過ぎたころだった。
部屋が乾燥していたのか。
寒さにやられたのか。
妙にひりついている喉には、刺さるような痛みがあった。
急いでうがいをしたり、温かいものを飲んだりしたものの、喉は大して復調せずに今に至っている。
ざらつき感のある声は、そのためだった。

「やっぱり、ひどいですかね」
「ん。ちょっとな」

顔をしかめて明子のその声を聞いていた君島は、なにかを思い出したように抱え持っているビジネスバックを開いた。

「たしか、持たされていたはずなんだがな」

そんな事を呟きつつ探し物をはじめた君島は、すぐに目的のものを見つけたらしい。
なんだろうと不思議そうに自分を見上げている明子に、探し出した小さな紙袋を差し出した。

「千賀子にな、持たされているんだ」

やるよ。
そう言われて君島から受け取った袋の中には、
飴のようなものがいくつか入っていた。

「千賀子が言うには、喉のダメージにいちばん効く飴らしい」
「すんごい説得力ありますね」
「喋るのが仕事だったからな。この手のものには詳しいし煩いんだ」
「いいんですか、貰っちゃって」
「少なくとも、今それが必要なのは俺じゃないと思うぞ」
「ありがとうございます。うわー。家宝にしますー」
「あのな」

明子の大げさな喜びように苦笑を浮かべた君島は、「そんなものにしないでいいから、さっさと舐めちまえ」と言って明子の額を小突いた。

「絶不調の人間に、暴力はいけません」

額を抑えた明子は、痛いですと拗ねたような声を上げるが、その顔は嬉しそうだった。
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