インセカンズ
遠距離中の亮祐とは、今後についての話が徐々に進んでいた。届け出を出すのは彼が本社に戻ってきてからにして、それまでは婚約期間とする事になった。緋衣は、まだ先の事とはいえ、仕事帰りに立ち寄った書店で結婚情報紙を手に取ってみる。ぺらぺらと捲ってはみるものの途中でその手を止め、元の位置に戻した。

気が重い。亮祐が転勤先から戻ってくるのは一年半先のことだ。それまで間が開くため、先ずはカジュアルな婚約パーティーを披いたらどうだろうという話をしてきたのは彼の方からだった。当然、その前にはお互いの実家に挨拶をしにいくことになる。本当にこのまま話を進めてもよいのだろうか。

人知れず芽吹いた安信への想いは簡単には捨てられない。それは嫌というほど痛感している。けれどもこの先、自分にプロポーズをしてくれる男性が必ずしも現れるだろうか。まして、安信は論外だ。自分にとって、何が一番大切なのだろう。亮祐への気持ちがなくなった訳ではない。



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土曜日の昼。緋衣は、ウィンドーショッピングをしながら亮祐の到着を待っていた。あの旅行以来、会うのは二週間ぶりになる。同じ商業ビル内にあるレストラン街でランチを一緒にする約束をしていた。

亮祐からもう少しで着くとメールが入り、エスカレーターを下りて待ち合わせ場所である1階のロビーへと向う。ロビーに着いて少ししたところで、亮祐がやってきた。

「久しぶり。どうする? さっそくメシ食いにいく?」

亮祐は、出会った頃と変わらない笑顔で緋衣に笑い掛ける。少しだけ見える左の八重歯が好きだと思った。先ずは食事をすることにして、二人してエレベーターホールへと向かう。箱が来るのを待っていると、緋衣のすぐ横で、鼻に掛った甘い女の声が亮祐を呼んだ。

「亮祐さん! 偶然ですね。今週は帰省してるんですね」

緋衣が声の方へと振り返ろうとする直前、亮祐の強張った顔が視界の端に映った。

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