ポストモーテムフォトグラフィ
一番綺麗に撮ってあげよう

白いバラの濃厚な香りは、呼吸をする度、肺を犯すようだった。

数メートル離れた正面で、写真家がカメラ機器の調整をしている。


僕は、静かに口を開いた。



「…最近はめっきり忙しくなったでしょう?」と。

切り出した世間話に、写真家は「ええ」と笑って答える。


「一昔前までは、貴族さんのところくらいしか依頼がありませんでした。
確かに銀板写真は高価でしたからね。
でもダグレオの発明によって、貴族さんに限らず、いろんなところからお声がかかるように…」

「そう」

「私としては、貴族さんの家は肩が凝っていけない。皆さんとこうしてお話しながらする仕事の方が、いいですねえ」


写真家の声は、僕達二人しかいない応接室へ快活に響いた。


「まあ、それでも写真が高価なのには変わりないですが…。
私もお気持ちは分かりますよ。高価でも、どうしてもこういう写真は欲しくなります」


僕は彼の話を聞きながら、彼女の冷たい手を指の腹で撫でる。



「私も一昨年に最愛の娘を亡くしましてね。
そりゃあ女房と二人、泣いて泣いて泣き喚いたもんですが…最後の1枚として、家族3人で映りました。
それがあるだけ、まだ心が慰められるようですよ」

「…そうですか、あなたも」


「ええ。元々病弱な子だったんですがね。…体が痛む前に、写真を撮りました。
夏だったんで、3日も経つと匂いが出ていけないから…ちょうど旦那様と同じように、体の周りをいっぱいの花で囲ってやりまして」



少しの沈黙が、流れた。

写真家の視線が憐れみを含んで、隣の彼女へと投げかけられる。




「お嬢さんは、なにでお亡くなりになったんですか」


< 5 / 8 >

この作品をシェア

pagetop