鬼部長の優しい手
滲む視界とサムシングフォー


「さて、今の心境は?」

アクアブルーのドレスを着た黛実が、
マイクに見立てたマスカラを私に向けて記者のようにそう聞いてきた。

マーメイドラインのドレスはスタイルのいい黛実によく似合ってる。


「…まだ、心の準備が出来ていません…」

黛実のドレス姿に少し見とれたあと、
か細い声で私はそう言った。


白を基調とした綺麗な新婦の控え室。
そこに今真っ白なドレスを着た私と、
黛実、そして一人だけ
スーツ姿の香澄先輩。


「私もドレス着たかったー!」

「仕方ないですよ、先輩は今日、
プランナーとしてここにいるんですから。」


“みんなの同じようにドレスを着て、
七瀬たちの結婚式に立ちあいかった”と
悔しそうにそう言う香澄先輩に、
黛実はまるで子供をなだめるような口調で、そう言った。


…6月17日。
私と部長は今日夫婦になります。
まぁ、婚姻届は式が終わったあとに出す予定だから、まだ夫婦じゃないけど…

それでも、やっとここまできた。
上司と部下から、彼氏と彼女になって、
やっと、“夫と妻”になる。

そう思うとなぜか涙が出そうになった。


「ちょっと涼穂、
今泣いたらメイク崩れるわよ!
絶対泣いちゃダメだからね!?」

「う、うん…」


…ダメダメ。
せっかく綺麗にしてもらったのに。


そう思っても、やっぱり泣きそうになる。


「泣いちゃダメだって言ってるのに
仕方ないなぁ…。あとで私が直してあげるから、少しだけなら、泣いてもいいわよ?」



呆れたように、でも優しく笑ってそう
言ってくれた黛実の言葉で一気に
涙が溢れてきた。
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