「恋って、認めて。先生」
9 イミテーションシトリン


 翌日、比奈守君の指定してきた他県の駅に向かった。

 目的地は私達の住む隣の県をひとつまたいだ地域なので、そこなら本当に、学校関係者には見つかることなく比奈守君と会えると思った。


 片道3時間かかる道のり。恋人と二人で目的地に向かえないのは本来なら寂しいことかもしれないけど、私にとってはワクワクする時間だった。

 向こうに着いたら、比奈守君に会える…!

 当たり前かもしれないけど、よく考えたら、まともに外でデートするのはこれが初めてだ。今日は思い切り楽しもう!


 ひとり空いた電車に乗り、向こうに着いたら何をしようとか、色々考えていたらあっという間に目的地に着いた。

 都会過ぎず田舎過ぎず、穏やかな街並み。

 まだ昼間だけど、浴衣を着ている人を見かけるたび、この辺で夏祭りがあるという比奈守君の予告を思い出した。

 私も浴衣持ってこればよかった。比奈守君にちょっとでも彼女らしいところをアピールしたいし……。でも、浴衣セットってけっこうかさばるから荷物になるし、今日は諦めるしかないか。

 ただでさえ、高校生と肩を並べて歩くのだ。周りから見て釣り合いのとれたカップルに見える、そんな服装を選ぶのが大変だった。学校でしているような、いかにも女教師というカッチリした格好もどうかと思うし……。

 私のため、そして一緒に歩く比奈守君のため、ヘタな格好はできない。前、琉生や純菜に褒められたワンピースを着てきたけど、比奈守君はどう思うかな?

 それに、相手が年下とはいえ、男の人と二人きりで出かけるなんて数年ぶりだし(琉生や永田先生はカウントしない)、家デートとはわけが違うだろうから、やっぱり緊張せずにはいられない。


 綺麗な景色は視界の端に絶え間なく流れ、その間私は、今日のことを頭の中で繰り返しシミュレーションしていた。そうしているうちに、遠いはずの待ち合わせ場所へ着いてしまう。


 駅なんてどこも似たようなものだと思っていたのに、地元と違うというだけで、周辺の景色はもちろん、空気の匂いまで丸っきり違っていた。

 同じ日本の夏だというのに温度や風の音が独特だし、周囲の人の言葉遣いも地元とはかなり違うから、異国にでも来てしまったような気分になる。そうしてようやく、一泊旅行に来たんだという実感が湧いてきた。

 心地よい緊張と暑さのせいか、喉が渇く。

 楽しい時間になるといいな。


 そわそわしながら改札を抜け、待ち合わせ場所の前に着く。比奈守君からのメッセージにもあったように、駅を出てすぐのところに噴水があった。そこが、私達の初めての待ち合わせ場所。

 ドキドキするな、こういうの。風に揺れるワンピースの裾が、まるで今の私の気分に乗っかるようにふわりと揺れる。

 心が弾むのを感じていると、

「飛星(あすな)!」

 ペットボトルのお茶を片手に、比奈守君がやってきた。

「おはよう。これ、あげる」
「ありがとう。今日も暑いよね」

 私のためにわざわざ買ってきてくれたんだ。

 頬が緩むのを感じながらペットボトルの緑茶を受け取りそっと口をつけると、比奈守君はじっとこっちを見下ろしていた。冷静な顔つきはいつものことなのに、その目がどこか輝いてみえて、なんだか照れた。

「……そんなじっと見つめて、どうしたの?」
「うん。……なんか、今日の飛星、いつもと違うから」

 ワンピース姿の私に、比奈守君は少なからず何かを感じているようだ。

 暑いからって、ノースリーブはさすがにやり過ぎたかな!?なにげにコレ、丈も短めだし、太ももけっこう出てる。「歳考えろよ」とか思われた…!?

 比奈守君の反応が読めるようで、何だかこわい。浮かれすぎたかな……。何も気にせず好きな服を気ままに着れた学生時代に戻りたいと、今、激しく思った。
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