「恋って、認めて。先生」
10 不穏と葛藤の狭間で

 乗る車両をバラバラにして同じ電車で帰るという手もあったけど、地元に戻ったら誰に見られるか分からないので、それはできなかった。

「飛星、先に乗って?見送るから」
「ううん、夕が先に乗りなよ。私が見送るから」

 そうやって互いに譲り合っている間に、乗るはずの電車は5本も出てしまった。

「きりがないね。でも、夕と離れるの寂しいな……」
「だね。俺も離れたくない」
「昨日からずっと一緒にいたのにね」

 比奈守君は私の髪を優しくなで、こんな提案をした。

「後で、アパート行ってもいい?」
「…うん!もちろん」
「じゃあ、行く」

 比奈守君がそう言ってくれたおかげでようやく、私は先に電車に乗ることが出来た。

「アパート着いたら教えてね」
「分かったよ。夕も着きそうになったらラインしてね」
「わかった。気を付けて」

 手を振り、比奈守君は駅のホームで私を見送ってくれた。


 馴染みのない駅、だけど私達にとって大切な思い出となった土地が、どんどん遠ざかっていく。

 また、きっと、来年も来られますように……。

 左手の薬指にはめたイミテーションシトリンの指輪を包むように右手を重ね、窓の外を見た。

 まだまだ夏は始まったばかり。旅の余韻が抜けていないのか、明るく高い夏の青空を見て、妙に気持ちが高ぶった。


 道のりは同じ。それなのに、行きより帰りの方が時間の流れが早い気がした。

 見知った地元の駅に到着する頃には、自然と気持ちが引き締まり、旅気分が消えていくのを感じた。それをどこかもの寂しく思いながら、通りすがりのコンビニに寄り、アパートまでの道のりを歩く。

 静かな住宅街の歩道に来た時、カバンの中のスマホが振動していることに気付いた。電車に乗った後からマナーモードにしたままだった。

 出ようとしたら、電話はちょうど切れてしまう。

 着信履歴15件。……誰!?こんなにかけてくるなんて、よほどの急用だ。

 学校からだったらどうしよう。変にドキドキしながら確認すると、それら全て、琉生からの着信だった。ホッとしつつ、違和感を覚える。

 琉生から電話が来るなんて何年ぶりだろう?それくらい珍しい。用事がある時、彼はいつも純菜の持つ合鍵に頼って直接私のアパートを訪ねてくるから……。

 それに、急きょ比奈守君と旅行することになったと、琉生にもあらかじめ伝えていた。

 とにかく、かけ直そう。

「もしもし。琉生?何度か電話もらってたみたいだけど、どうしたの?」
『今、比奈守君と一緒か?』

 琉生は、いつになく慌てた様子だった。

「ううん、夕とはいったん別れて、今は一人だよ。また後でアパートに来てもらうことになってる。それがどうかしたの?」
『そうか……。でも、今はやめとけ!比奈守君には帰ってもらった方がいい!』
「どうして?何かあったの?」
『俺もさっきウチの親から聞いたんだけど、おじさんとおばさんが、これから飛星んちに行くって』

 お父さんとお母さんが!?そんな連絡、二人からはもらってない。ドクンドクンと、胸が嫌な音を立て始めた。

『多分、前言ってた見合いの話だと思うけど、ウチの親がなだめてもおじさん達聞く耳持たずって感じで出てったみたいだぜ……。飛星を早く結婚させるんだ!って、えらく興奮気味だったって』

 もっと話したかったのに、電話はそこで切れてしまった。充電切れ……。

 昨日、夕との語らいに夢中で、旅館で充電するのをすっかり忘れていた。そこへ何度か着信を受けたから消耗してしまったんだろう。

「見合いなんて、勝手に決めないでよ……。こっちにだって都合があるのに」

 親の勝手さにうんざりしたものの、今はそんなことを言っている場合じゃない!比奈守君に連絡して帰ってもらわないと!

 比奈守君のことは親にも正直に打ち明けるつもりだったけど、琉生の話だと、お父さん達は今機嫌が良くないみたいだから、そんな時に話してもまともに取り合ってもらえない可能性大だ。


 アパートに戻るのはためらわれたけど、親が来る前に比奈守君や琉生と連絡を取りたい。コンビニまで使い捨ての充電器を買いに走るより、ここからだとアパートに帰った方が早い。

 今はとにかく、スマホの充電が最優先!
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