私の優しい人
◇8◇

 翌朝、寝過ごす事なく無事に目が覚めた。

 目覚めが良かったらしく、啓太さんは機嫌よくお風呂に入っていった。


 昨日は夜景にさえ気付く余裕も無かったけど、朝の景色もこの高層階から見ると素晴らしい。

 窓の下の白い空気の中では電車が幾つも流れている。
 おもちゃのような大きさに見入っていると時間の感覚が麻痺してしまう。


 多くの人を飲み込み、私の知らない場所へと音もなく連れていく途切れない線。

 地上ではいつもの時が流れている。でも私がいる上空だけは切り取られている。

 そんな夢の時はもうすぐ終わる。

 ほんの数時間前の幸せな夜は、もう過去の遠い出来事になっていた。


 イベント、旅行、いつだって始まる前は胸が高鳴る。

 高鳴り痛む胸を抑えるだけで、精一杯だった日。

 その終わり見えた時、それが終わった後、急速に冷めて一人になった時に残る喪失感って何だろう。

 始まりがあって、終わりがある。

 こんな追いかけっこみたいな事を、ずっと続けていくのだろうか。
 こんな気持ちになるのって私だけなのかな。

 掴みきれない思いは、私の持つ性分なのかもしれない。


 地上へ降りたら現実があった。

 コンコースの出入り口近くは外気の冷たさが流れ込んできて、つい身を縮める。

 別方向へ向かう電車へ乗るため、またね、とお互い手を振る。

 彼は寮へ、私は家へ。それぞれの場所へ。

 ここはいつでも、別れの為にある場所だ。

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