夢おとぎ 恋草子
二帖

「弥生の吉日に左大臣家の一の姫さまのご入内が決まったそうよ!」


お庭の梅もちらほら綻び始めた如月の或る日。
殿のお母上さまである萩の君さまのお邸にお使いに出ていた
女房仲間の雲雀(ひばり)さまが小走りに部屋に
駆け込んで参られたのでございます。


「あら ようやくお日取りが決まりましたのね。
大臣(おとど)もお方様もさぞやお喜びのことでございましょう。
よろしゅうございました」


そう仰って穏やかに微笑んだのは常盤(ときわ)さま。
私や雲雀さまの先輩でございます。
常盤さまは宮仕えをなさったご経験があるせいか
とても優雅で聡明で気も利くお方でありながら
気取りがなくとても親しみ易いお人柄で
さりげなく巷の流行りを押さえた品の良いお洒落をなさるので
私たちのお手本であり憧れの存在でもあります。
その上、お優しく私たちを導いてくださるのでとてもお慕いしています。
もちろんご容姿も麗しく お声もしっとりと艶やかで
殿とお並びあそばすと見惚れてしまうほどお似合いなので
私はお二人はきっと恋人同士なのだとすっかり思い込んでおりましたが
当の常盤さまにそれを申し上げたら
「あらあら」と一笑に伏されてしまいました。


「殿は邸内の女君には戯れであれ お手をつけませんよ」とも。
殿のご主義なのだそうでございます。
当代一と謳われる殿の色男ぶりを目当てにお邸勤めを願い出た方々は
そういうことなら、と別の邸でのお勤めに
次々と移っていかれたほどでございますから
殿のご主義は断固としたものなのでしょう。

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