リナリアの王女
第二章:私の名前
 「どうして夢から覚めないの!?」
いつまでたっても夢から覚める気配がしない。
「だから夢ではないと言っているだろう。これは現実でお前の名前はエリーゼだ」
男性は淡々と言ってのける。
だけど私はそれを認めるわけにはいかない。
私はエリーゼではないのだから。
「だから私の名前はエリーゼじゃないって言っているでしょ!?」
少しだけ語気が強くなってしまった。
焦りが苛々に変わっていく。
「だったらお前の本当の名前とやらはなんなのだ」
溜息をつきながら男性は私に聞く。
どれだけ時間をもらってもその質問には答えられる気がしなかった。
男性はなおも続ける。



「エリーゼ、俺の名前はなんだ?」


そんなもの知っているわけがない。
それにも拘わらず自分の意志ではなく勝手に口が動く。


「クラウド。あなたの名前はクラウド」




男性は本当に嬉しそうな顔をした。
とても綺麗な顔立ちをしている男性は笑顔になると少しだけ可愛らしくなった。
ゆっくりと男性が近づいてくる。




「そうだ。俺の名前はクラウド。愛している、エリーゼ。やっと俺の手の届くところに。待っていた。ずっとだ」




そう言いながら私を抱き締める。
なぜ私はこの男性の名前を知っていたのだろうか。
なぜこの男性に抱き締められている事に嫌悪感を抱かないのだろうか。
むしろどこか安心するような、自分の居場所はここなのかもしれないという感覚さえ与えられる。
私は暫くこの居心地の良さを甘受していた。



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