我妻教育
第二章

1.妻の生態

「啓志郎くーん、ただいまぁ〜!」


暮れ方の我が庭に、若い女の明るい声が響いた。

ここで、若い女の声を聞くのは久しぶりだ。



私の名前は、松園寺 啓志郎(ショウエンジ ケイシロウ)。
名のある家の後継者(仮)である。

婚約者(仮)は、垣津端 未礼(カキツバタ ミレイ)。


小学6年生の私と、高校3年生の未礼は、二日前に見合いをし、いくばくかの事情により、我が家で生活を共にすることになったのだ。



庭で涼んでいた私はその声に振り返ると、笑顔で私に手を振る未礼の姿が目に入った。

今日は、学校帰りに自宅に荷物を取りに戻ってから、こちらに帰ってくると言っていた未礼は、学生鞄の他に、ボストンバッグを下げていた。


「持ってきた荷物はこれだけか?」

「ううん。キャリーバッグとー、あと紙袋もあったんだけど、啓志郎くん家の使用人さんが、運んでくれるって言ったから甘えちゃった」

「持とう」
手を差し出すと、
「わぁ、いいの〜?ありがと〜。じゃあ、お願いしちゃおうかな」

未礼は素直ににっこり笑って、学生鞄を差し出しながら、受け取る私の身なりを、首をかたむけ、のぞくようにして眺めた。

「カッコイイね。稽古してたの?」

「ああ。今しがた、剣道の稽古を終えたところだ」
受け取った鞄を腕にかけ、視線を落として袴姿の自分を目に映した。

「全国大会で優勝するくらいの腕前なんだったよね〜。すごいね」
未礼が竹刀を振る仕草をしている。

「たいしたことではない」
「たいしたことだよぉ!!日本一強いんだよ!?」

「日本一と言っても所詮、少年の部だからな」
伏し目がちに私はつぶやいた。
勝って当たり前なのだ。

未礼は小首をかしげ、感心したように嘆息した。
「それでもスゴイことだと思うけどなぁ…。
それだけじゃなくて、空手も黒帯だったよね〜」

「男子たるもの当然のたしなみだ」

「じゃあ〜、黒ずくめの悪者に誘拐されそうになっても、啓志郎くんがいてくれたら安心だねぇ」


「その通りだ。あなたのことは私が守る」
私は、きっぱりと口にした。

我が家に招いた時点で、未礼の身の安全は私の責務だ。

父も常々言っていた。
女性を守るのが男の役目だと。
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