雨音色
満腹の原因
「それで藤木君、独逸ではどこにいたんだね」


父の英雄が、ワインを片手に上機嫌な声を上げる。


「ベルリンにいました。長期ではなかったのですが、

色々な事を研究させていただいて、本当に充実した留学生活でした」


料理はメインディッシュの肉料理を終え、

そろそろデザートである果物が運ばれて来る頃だった。


英雄はグラスに残ったワインを一気に口に流し込んだ。


「そうかそうか。私は英吉利(イギリス)の倫敦(ロンドン)に行った事があるが、そこも中々だったよ」


父の満面の笑顔に、彼女は吐き気に似たようなものを催した。


「本当ですか?僕もいつか機会があれば訪問してみたいと思っています」


「あぁ。是非そうしたまえ」


幸花は二人の様子を恨めしそうに眺めていた。


ワインを一気に飲み干す仕草。


それが父の機嫌が良い時の癖であることを、彼女は知っていた。


「しかしお嬢様は、とても大人しい方なのですね。

先ほどからあまりお話しされていないのでは?」


突然、牧が幸花の方を見ながらそう切り出した。


彼女は咄嗟にうつむく。


父が隣で笑った。


「幸花は少し人見知りで・・・。初対面の方と会うと緊張してしまうのですよ」


「そうですか。いや、近年は職業婦人なる方も出てきて活発な方も多いが、

やはりお嬢様みたいな大人しい女性は理想的とも言えるでしょう」


思わず叫びたくなる。


歯が浮いてしまいそうな科白は、もう聞き飽きていた。
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