アリスズ

二人旅


 昨日まで進んでいた方角と、違う道に菊は進んでいく。

 だんだん空は白み始め、夜明けを喜ぶ植物たちの光がいっそう美しい。

 だが、景子は唇も足取りも重かった。

 菊について行きながらも、気分は沈んでいくばかりだったのだ。

「そう、落ち込まないで」

 そこまでしゃべり上手ではない菊に、気を遣わせてしまうほど。

 顔を上げて、曖昧に微笑みかけた景子に、彼女は頬をかいた。

「面白いことを教えるから」

 歩きながら、彼女の意識をひきつけようとする。

 面白いこと?

 菊が、不真面目な大風呂敷を広げる人でないことは知っている。

 その彼女が、面白いこと、と珍しい表現をしたのだ。

「ダイがね…言ったんだよ」

 景子の興味を引いたと、分かったのだろう。

 菊が、少しだけ安心した目をした。

「ブロズロッズという町を目指してるって」

 聞いたことのない名前だった。

 前に、アディマに聞いた時は、違う音だったような気がする。

 でも、それがどうしたというのだろう。

 景子が、怪訝に彼女を見ていたら。

「私たちの行くあてなんて、最初からないんだし…そのブロズロッズって町へ、見物にでも行こうか」

 菊が──薄く笑う。

 少しだけ子供めいた瞳を、彼女に向けながら。

 あ。

 お天道様が、昇ってゆく。

 景子の心の中にも、ゆっくりとお天道様が昇るのだ。

「道も分からないし、二人旅だから少し遅めになると思うけどね」

 それでもよければ。

 菊が、太陽に照らされながら、景子に笑いかける。

 20年よりももっと短い期間しか生きていない彼女に、こんなにまで気を遣わせるなんて。

 それでも。

 そんな、大人失格な自分であったとしても。

 この申し出を、喜ぶ心は抑えられなかったのだった。
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