桜の記憶

 終戦間際、日本は貧しく、
そして慎ましやかだった。

当時私は16歳。
軍需工場で働きながら、
弟や妹の面倒を見ていた。

仕事を終え、
荷物を風呂敷に包み胸元に抱えて
小走りに家へと帰る。

きつく結んだ三つ編みが、
肩に規則的にぶつかってくる。


そして、
桜並木が並ぶ病院のフェンスの傍を通る時、
彼は必ず現れた。


「琴子さん」


独特の含みを持ったその声で、
柔らかく呼ばれる名前は、
私のものだ。

その声に胸がきゅっとなって、
それでも表情には表わさず、
私は彼に向き直る。


「こんにちは、秀二さん」

「こんにちは。お仕事お疲れ様」

「ええ。ありがとう」


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