はぐれ雲。

言の葉 一   告白

目の前には、50代の小柄な男が冬だというのに額から出る汗をしきりに拭いながら座っている。

県のダム建設発注の責任者で、瀬川といった。

高級クラブのVIP席で、男が二人。

新明亮二は笑みを帯びた口元をゆっくりと開いた。

「こういったところは初めてですか、瀬川さん」

息子ほど年の離れた男に突然話し掛けられ、瀬川は上ずった声で答えた。

「ま、まぁ初めてといえば、初めてですが…」

黒縁の眼鏡に、きっちり分けられた脂ぎった髪。

小さな目が落ち着きなく、あちらこちらへと動く。

真面目、これを絵に描いてみろと言われれば、だいたいこんな風体の男になるのだろうな、と亮二は思った。

それほど、典型的な「真面目人間」。

「失礼ですが、お子さんは?」

「はぁ…大学生の息子と、高校生の娘がおります」

「どちらの大学に?」

「W大学です」

そう言った瀬川の顔にちょっとした自慢の笑みが宿ったのを、亮二は見逃さなかった。

「W大?これは名門だ。よくおできになるんですね。私などには学がないものですから、羨ましいかぎりです。瀬川さんもさぞ鼻が高いでしょう」

「いえ、そんなこと…」

まんざらでもなさそうに、その男は顔の前で手を振る。

「ところでW大は県外ですが、息子さんはあちらで一人暮らしなさってるのですか?」

「ええ。学生生活を満喫しているようで。
こちらに帰ってくるのは、正月くらいなもんですよ」

「今が一番楽しい時なんですよ」

「親の心、子知らずですよ。
留年だけはするなよ、とは強く言ってるんですが、どうなることやら。娘も大学進学を希望してましてね」

「娘さんは今?」

「高校2年生です。
塾にも通いたいと言うんですが、息子の仕送りもあってなかなか…」

そこまで言って、瀬川は「あっ」と小さく声を上げて口を押さえた。

亮二は、笑いながら静かに目を伏せるとソファーにもたれた。

「お子さんをお持ちだと、いろいろとおありなんですね。でも今夜は何もかも忘れて、お楽しみください」

そう言って、背後に控えていた直人に目配せした。

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