抹茶な風に誘われて。

Ep.3 夕顔

 夕顔はね、源氏物語という日本の古いお話にも出てくる花なの。

 夏の夕方に開いた白い花が、次の日の午前中にはしぼんでしまう――そんな儚さと美しさが、日本人にはとても魅力的なのでしょうね。

 お母さんはね、そんな花になれたらいいな、と思ったわ。

 そうしたら、お父さんにももっともっと好きになってもらえたかもしれない。

 こんな肌じゃなく、こんな瞳じゃなく、全部、あの人と同じ色をしていたなら。

 同じ国に生まれていたなら――そう何度も思った。

 ごめんね、キース。

 ごめんね……。



 真夏の夕方、あの広すぎる庭の片隅で、そっと開いた白い花のそばで泣いた母を覚えている。

 あれは俺が八歳の夏休み。

 一条の家で過ごした二度目の――それが、母と俺の、最後の夏だった。

 ひとしきり泣きじゃくった後は、すっかりいつもと同じ笑顔になって、泣いたことさえ謝った母。

 その体を病魔が蝕んでいたことを、母はあの時知っていたのだろうか。

 それとも……。

 母が死んだ今となっては、その真相は闇の中だ。

 その数日後に突然倒れた母は闘病生活に入り、話すことも、面会すらも許されなかった。

 まるであの白い花になろうと、消えてなくなろうと母が望んだようにすら思えて、俺は何度もその花を呪った。

 憎むべくは花ではないことなどわかっていた。

 けれどそうでもしなければ後悔と憎しみに自分すら殺してしまいたかったのだ。

 決して心の内には入れないくせに、外面だけは父を名乗り、後継者としての教育を押し付ける父も、それを崇める親戚も、家も、何もかも――。
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