あやとり

原因



バイトを終えて家に帰ってくると、玄関にシックなワインレッドのハイヒールがあった。

優ちゃんが来ている。

きっとバイトを辞めなくてもいいように説得してくれているはず。

そんな期待はリビングのドアを開けて「ただいま」と告げた瞬間に感じた雰囲気で、一瞬にして雲に覆われた。

「おかえりなさい」

優ちゃんだけが答えてくれて、両親は私を見ようともしなかった。

父はリビングのソファーの上にドンと腰を下ろし、新聞を開いて読んでいる。

母は台所に立ち、優ちゃんは食卓テーブルの椅子に腰を掛けていたが立ち上がり、私に苦笑いをして見せた。

父の顔は不機嫌そのものだった。

怒っているのがよくわかる。

私は台所の母の傍に歩み寄り、もう一度「ただいま」と声を掛けてみた。

母は振り返り「おかえりなさい」と言ってくれたが、母の表情もまた、いいものではなかった。

今までなら、そう、婚約破棄の一件がある前は、週に一度しか立ち寄らない優ちゃんの顔を眺めながら、満面の笑みで優ちゃんに接していた両親だった。

それが今ではこんな余所余所しい雰囲気だなんて、両親の態度の違いには怖さをも感じた。


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