ワイルドで行こう
*♂の匂い ♀の匂い?

1.ス、スカイライン。許すまじ! 

 今日こそ『煙草』を買ってやる。
 吸ったことなんてないけど、買ってやる。
 ちらほらと桜が咲き始めた雨上がりの夜、帰り道。
 琴子は古い煙草店の自販機の前に立っていた。
 
 だけれど、どれがどれなのか分からないぐらい並んでいる。
 彼が吸っていた煙草の箱、どれ? 『あった』。最上段に君臨しているダンディな箱。琴子は握りしめていた小銭を自販機へ向けたのだが。
「タスポってなに」
 そういえば。いつからか自販機で煙草を買うには成人であることを証明するICカードが必要になったんだっけ? じゃあお店でと言いたいが、買う姿など人に見られたくない。
 何故、煙草かって。吸ったこともないのに、どうして煙草なのかって。
 説明しても『理由が幼稚すぎて』自分自身が情けなくなる。でも、そうでもしないと『今の私、壊れそう!』。そんな心境だった。
 自販機にまで逃げ場を拒否されたと思ったら、これまた馬鹿馬鹿しいことだけれど、本当に涙が滲んできた。
 春の夜風に痛んだ茶色い毛先と、買ったばかりのトレンチコートの裾がなびく……。静かな郊外、車も少なくなった国道沿い。駅から歩いて数分ほど。昼は閑静な住宅地かもしれないが、夜は外灯も少なく寂しいところ。ますます心が軋む……。
 ひとりだからと思って存分に感傷的になって大声で泣こうと思った……。
 
 ほら、涙がこぼれてきた。『うわん』て泣いてやる!
 「うわ……ん」悲痛の声がそこら中に響き渡るはずだったのだが。『キキキキーキキッ』と荒っぽい音が琴子の声をかき消す! 静かな国道の空気を震わす騒々しさ。
 驚いて振り返ると琴子の背後に、ギュルギュルとタイヤを鳴らす真っ黒い車が停車。
 びっくりして涙も悲痛の声も止まる。茫然としていると、運転席から作業着姿の男性が降りてきた。
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