ワイルドで行こう

4.えーーー、姫様だっこ!(私もして欲しい!!)  

 通りすがりに出会っただけの人は、本当に一瞬だけの縁。二度と出会わない。
 それとも、あんなことがあったから、彼から二度と会わないようもうあの煙草屋の前を通るのをやめたのか。
 いまでも残業で遅くなって、あの日と同じ時間なら、また自販機の前に黒いスカイラインが停まっていて彼が自販機前に立って煙草を買っているのではないかと――。ひそかに期待している自分がいた。
 その度に耳の奥で『女の匂いがした』という彼の声が聞こえてきてしまう。
 
 それにあの後、とても身体が熱くなってしまいドキドキして変になった。
 だって。よくよく思い返したら『やりつくしてへとへとになって力尽きる前の女は色っぽい』なんて。まるで男とベッドでやりつくして力尽きた女と並べた例えじゃないかと気が付くと、とても『エロティック』に感じたのだ。
 でも、嫌じゃなかった。セックスで愛し尽くしてへとへとになった女も悪くないなら、それと同様に夢中になってやった仕事でへとへとになってやりつくした姿が、愛を尽くした女の姿と重なったなら――。変なのかもしれないが、認められたような気がして。愛し合う女の懸命さと同等だって言ってもらえた気がして。しかもベットじゃなくて日常の姿で褒めてもらえた。
 後から湧き上がってくる嬉しさを長く噛みしめていた。
 だけれど。彼とは二度と出会わない。
 もうコートを着る時期もあっという間に終わってしまい、季節も変わり、あれから二ヶ月ほど梅雨の時期に入ってた。
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