琥珀色の誘惑 ―王国編―

(3)無邪気な誘惑

「舞様、お仕度が整いました」
 

ミシュアル王子の専用機は、クアルンの首都にあるダリャ国際空港に着陸した。

直後、ヤイーシュに差し出されたのは黒いヒジャブとニカブ。頭に巻くスカーフのようなものと、それに付ける口と鼻を覆う布。どちらもシルクの手触りだ。


この時すでに、舞の首から下は真っ黒だった。

黒いアバヤは思ったほど暑くはなく、柔らかいジャージのような素材だ。通気性もよく肌触りも最高。深みと光沢のある黒は日本製の特殊素材を使用しており、全て舞のためにミシュアル王子が開発させたものだという。

初めは、全身を黒で覆うなんて……。と落ち込む舞だったが、「少しでも、日本が身近に感じられるであろう?」という王子の気遣いを知り、気分はガラッと変わった。乙女心とは不思議なものである。
 

ただ、舞の衣類を用意するのがヤイーシュたちなのは驚いた。てっきり女官とかメイドとか、どちらにしても女性がいると思っていたのに。

ところが、専用機にはひとりの女性も乗っていない。給仕も男性。機内も特にアラビア風の装飾は施されておらず、家具同様にいたってシンプルだ。

アラビアンナイト風の衣装に身を包んだ大勢の女性が、ミシュアル王子の周囲に跪く様子を想像していた舞には拍子抜けだった。

もちろんその時は、「不変のルールでないなら絶対にやめて」と言うつもりだったが……。

舞がそんなことを口にすると、ヤイーシュが丁寧に教えてくれた。


「殿下は、間違いを犯しかねない状況、または、疑いを招く状況は可能な限り排除する方針です。それには、今は亡きマフムード王子が関係しておりまして」

 
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