魔王と王女の物語③-Boy meets girl-【完】

心の病

ラスが床に臥せった。

うつ伏せに横になったまま瞳は虚ろで、声をかければなんとなく反応はするが…笑顔を見せてくれない。


老いの恐怖に乱暴されそうになったことまでの全てが、ラスの心を病ませていた。


「チビ…少しはなんか食えよ。スープ作って来たし、チビの好きな蜂蜜を使ってハニートーストも作ったし…チビ…」


「……コー…ありがと…」


散らばった金の髪が表情を隠し、か細い声で応えてくれたラスの手を握ってベッドに腰掛けたコハクは、床に臥せってすでに1週間経ってしまったラスの体調を案じてせっせと料理を運び続ける。

まだ妊娠初期ということもあってかつわりも無く、ただ心が病にかかっているために心身にも影響が及びかねない。

アーシェは何かが乗り移ったように作業部屋から出て来ないし、デスは同じ部屋に居れどラスになんと声をかければいいのかわからず、膝を抱えてソファに座ったままじっとしている。

傍にはルゥが居てよちよち歩いたりラスの元まで行ったりしていたが…


ラスは人形のように動かなかった。


「食いたくねえか?じゃあ風呂に入れてやるよ。ほら、抱っこしてやっから」


そう言っても動かないラスを抱き上げたコハクは、首がかくんと傾いて虚ろな瞳で天井を見つめているラスの額にキスをしてバスルームのドアを開けると、椅子に座らせててきぱきとドレスを脱がせた。

そうしながらラスに声をかけることだけは、やめない。


「俺がさあ、こうしていっつもチビの着替えや入浴を手伝ったりするとさあ、決まって小僧やカイに怒られたもんだぜ。ま、やめなかったけど」


「……」


「前も言ったけど、チビがばあさんになっても俺は傍に居たし、こうして至れり尽くせり世話してた。でもチビは元に戻ったろ?綺麗で可愛い俺の天使ちゃんに戻ったろ?」


「………でも…私…だんだん身体が動かなくなって…喋れなくなって…食べれなくなって…あのまま骨だけになっても生きてかなきゃいけないのかなって思うと……ぅ…っ」


「…大丈夫。そうなる前に俺が…あ、違った。ルゥが助けてくれたろ?ゼブルがチビを襲おうとしたことはほんとごめん。間一髪間に合ったけど…チビは傷ついたよな。怖かったよな…」


ようやくラスが顔を上げた。

涙に濡れた美貌はそれでもとても美しく、コハクはラスを再び抱き上げてラスの鼻を甘噛みした。


「久々に一緒に入るかあ!」


態度を変えてはいけない。

今以上にラスを傷つけてしまうから。
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