それでも、課長が好きなんです!

第7話 有言実行

 昼休み、昼食も取らずにゼリー飲料を片手にパソコンと一枚の広告を交互に見つめていた。

「全然、分からなかった……」

 大女優の横で負けず劣らずの美貌で隣に並ぶ美女が……あの日わたしの部屋に上がり込んだ女装した男で。
 その男が俳優の柏木佑輔だったなんて。
 柏木佑輔自身のホームページに映る彼の顔と広告の美女を改めて見比べてみる。
 とても同一人物には思えない。
 見事なメイク術だ。
 教えて欲しいな……違うか。

「どうしたの?お昼食べないの?」

 ランチを済ませたであろう村雨さんが昼休み終了の時刻を待たずに事務所に戻ってきた。

「それ、先に広告が雑誌や薬局に出回るのよね。CMの方で後から彼女の正体をバラすっていうちょっと遊び心のある宣伝の仕方をするみたいよ」

 自席に戻る際にわたしのデスクの上を見たのか、珍しく村雨さんの方から話を振ってきた。
 ……柏木佑輔の話題だからに決まっている。

「宣伝効果としては抜群ですけど、……正直何がしたいのかよくわからないんですけど」
「わたしに聞かないでくれる?他部署、それも上の人間が会議を重ねて決めてることなんだから」
「……あ。そっか、でもだから柏木佑輔だって分からないような完璧な女装をしてるんだ。この美女は一体誰?って世間の注目をまずは集めて……」
「柏木佑輔と綾川京子の起用に加え、このインパクトのある宣伝の仕方。ヒットは固いと思うわ」
「肝心の商品はどうなんですか!?」
「あ、サンプル渡してなかったっけ?」

 村雨さんとの会話をしながら、依然パソコン画面と広告を交互に見比べていた。
 この二人が同一人物だと思えないからか、とてもじゃないけどあの柏木佑輔が自分の部屋に上がったなんてことも信じることができなかった。
 
 村雨さんから小さなプラスチック製の容器に入ったサンプルを受け取る。
 ボディクリームだったっけ? 乾燥が酷くなるこの時期の必需品だ。
 フタを開けると覚えのある柑橘系の香りが鼻をかすめた。
 この匂いは……あの日、あの男性が空腹で倒れかかってわたしに身を預けてきた時に香った匂いだ。

「見事な変装よね。柏木佑輔のチャームポイントをメイクかCGで見事に消しちゃってるからわたしでも分からなかったかも」
「チャームポイント?」
「目元の泣きぼくろよ。男らしい力のある瞳が、泣きぼくろ一つで色っぽさをうんと増していると思わない?」
「はぁ……」

 ほんとうに、村雨さんは柏木佑輔の話題となるとよくしゃべる。
 眼鏡がまた、妄想で興奮した体温の蒸気で曇ってますよ!

 目元……か。
 たしか、彼がデビュー仕立てのまだ幼さが残る顔立ちの頃だったかな。
 友達が彼の目元の泣きぼくろが可愛さの中にも色っぽさを感じると熱弁していた。
 今の柏木佑輔はすっかり大人の男で可愛さなんてものは感じられないけど、その代わり男の色気は増しているのかもしれない。
 女装した彼の姿にはわたしも一瞬息を飲んで身体を硬直させてしまったし。
  
 昼休み終了五分前になると続々と社員が事務所に戻ってくる。
 パソコンの画面を柏木佑輔から仕事の画面に切り替え背筋を伸ばす。
 目標五時半退社!あと半日頑張ろう。

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