それでも、課長が好きなんです!

第10話 遭遇

 この日は朝から社内が騒がしかった。
 でもわたしは社員の騒がしさよりも、所属チーム周りの装飾の騒がしさの方が気になった。

「日に日にココ……居心地が悪くなりません?」

 隣の席に座る小柄な女性の先輩に小声で語りかけると「うん……」と同意を得てそろっと辺りを見渡す。
 秋も終わりコートを羽織るようになった頃、社内には秋から冬にかけての新作商品のポスターが所せましと飾られていた。
 商品って……うちの会社は一つだけじゃないと思うの。
 もっと色々な商品を世に送り出していると思うの。
 それなのに、うちのチームは……

「おはよう」

 わたしよりも少し遅れて村雨さんが出社。
 いつものように正しい姿勢で自席に座ると、パソコンの電源を入れ始業前だというのにすでに仕事モードだ。

「村雨さんが柏木佑輔のファンだって……チームのみんなは知ってたんですか?」
「うん。間違っても誰も口にしないけどね」

 間違っても口にしない、か。
 ここへ来て一ヶ月で彼女に対して突っ込みを入れてしまったわたしって、いったい……。
 そう、わたしたちのチームは柏木佑輔がキャラクターを務める新商品の関連グッズ一色だった。
 ポスターがあがれば壁一面に貼られ、広告があがれば空いた隙間に貼られた。
 商品がヒットして卓上カレンダーが作られれば、チーム内の来年の卓上カレンダーはこれに決まり。
 まだ封を開けていないカレンダーが全デスクの上で来年の活躍を待って待機している。
 チーム内の空気も、商品の香りが漂っているような気さえする。
 わたしは卓上カレンダーを横目に指で弾いた。
 柏木佑輔は、あの夜再びわたしの前に姿を現した……本来の男性の姿で。
 そしてわたしがメディアを通して抱いていた彼のイメージを粉々に打ち砕いて去って行った。
 好きな俳優さんの一人だったのに。……好きな俳優は数えきれないほどいるけど。
 それなのにあんなにも、あんなにも非常識な人間だなんて思わなかった。
 彼女がいると宣言した上で、こっちの同意も得ずに唇を奪った。
 唇が離れた時、何の悪びれるそぶりも見せず「あ、つい」と言って笑った。
 「つい」ってなに!?「つい」しちゃうもんなのかな、キスって!? 
 無意識に熱くなり怒りに震える身体を落ち着かせるために、毎日持参をしている水筒のお茶を一気に口に含む。

「熱っ!!」

 ホットだということを忘れていた。
 「大丈夫?」と先輩に水を差し出されるが「大丈夫です」と言って深呼吸をした。

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