徹底的にクールな男達

9/18 「逃がさない」と手首をつかまれたら



「お疲れさんですッ!!」

 列を成した暑苦しい男達の大声の間を、一直線に歩いて自宅の外門から玄関に入る。

 葛西(かさい)組時期2代目の肩書が重くのしかかる若頭(わかがしら)葛西 稔(かさい みのる)は、付き人鈴木(すずき)に鞄を持たせ、いつもより随分早い午後8時に帰宅していた。

 9月の時期外れに風邪でもひいたのか、はたまた文字通りの過労か、高熱にふらふらしながらも片腕を後ろに玄関の引き戸を目指す。

 朝起きた時からだが、気分が悪く食欲もない。それでも10時間、昼食もまともにとらず働いたのだから、今日くらいは早く帰って休もうと取引先から直帰したのだった。

 門から玄関までのほんの小道の途中、ふとガレージを見た。

「…………なんだ……あれ?」

 ガレージのシャッターが開きっぱなしで、なお、一番の気に入りの愛車フェラーリのプレミアム車F402のケツが大きく凹み、歪んでいる。

 家に入ることも忘れてガレージへと一歩足を出した途端、バタバタと廊下を走る音が聞え、更にガラッと玄関の引き戸が開いた。

「頭(かしら)!! すんません!! さっきガソリン入れに行ったら、フェラーリ当てられてもうて!! ほんますんません!! 後ろから当てられよったんです!!」

「示談金は?」

 舎弟の大声に、鈴木は冷静に素早く切り返す。

「それが……相手がOLの女で。なかなかイケそうなんで、小さい客間の方で捕えとります」

「…………」

 鈴木と葛西は顔を見合わせた。

「パーツの手配の確認をしておきます」

 鈴木の適格な一言に、

「ほんますんません!!」

と、大声がかぶる。

 舎弟に案内されながらようやく玄関に入り、葛西は客間へと直行した。その開けられたドアから中をすぐに確認する。

「あっ……」

 女は慌てて立ち上がり、手を前で揃えたまま、カチコチになって身体を前倒しにした。

「も、申し訳ございません!!」

「……下がってろ」

 葛西は鈴木と舎弟にすぐに命じる。

 その時の舎弟の顔ときたら、この上なく誇らしげであったが、逆に鈴木は溜息を洩らした。

「……いつから待ってました?」

 1人部屋に入りドアを閉めた葛西は静かに息を吸い、高熱で温まっている身体を沈めてから、女と対面になるようにソファに腰かけて足を組んだ。

「さ……30分くらい前です……」

 その、怯えた目を見なくとも、震えている声で、どうにでも好きにできることが安易に予想できる。

「あれだけ派手に車がへこんでたのに、あなたに怪我はありませんでしたか?」

 女はこちらを見た。

 初めて、目が合う。

 パチリとした大きな目は少し充血していて今にも泣きだしそうだが、逆に白い肌はこの上なく透き通り、更に唇は赤々と輝きぬめっている。

 黒地に花柄のワンピースの裾から覗く足も細く、年齢は20代前半か。

「名前は?」

「あ……麻見、依子です」

「年は?」

「24です」

「仕事は?」

「……、ほ、ホームエレクトロニクスです」

「……、この辺りだと、東都シティ?」

「いえ……、自宅はこちらではありませんので」

「なるほど……まあ、お掛けになって」

「…………」

 女は言われるがままに静かにソファに沈んだ。

「どんな状態でしたか?」

「あ、あの……、事故の時は、その……、信号で赤になっているのに気付かず……」

「どの辺りで?」

「スーパーマーケットの近くの路地裏です。この辺り、あまり通ったことがなくて、よそ見していて……信号に気付かなくて」

「うちの車は停車していましたか?」

「だと、思います……」

「あぁ、それはお気の毒に……。その場合、10:0で修理代を持ってもらうしかありません。しかし、運悪くあのフェラーリはプレミア物で、修理代が高いし、最悪パーツが手に入らないかもしれない。麻見さん、支払えますか?」

「どっ、どうにしかして……」

「保険ではおそらくまかない切れないでしょう。自動車保険の上乗せには加入していますか? 対物は無制限?」

「だったと思います……た、対物が無制限なら、無制限に保険会社から下りるはず……」

 宙を睨みながら必死に思い出そうとしているが、問題はそんなことではない。

「保険会社によってもまちまちですが、大抵50万が制限です」

「えっ!? む、無制限なのに!?」

「どちらの保険会社?」

「全日です」

「なら50万です。間違いない。どの証書にも制限金額を小さく書いてあります。加入されている保険会社に聞いてもらっても構いませんが。
 しかしどちらにせよ、6000万円を払うことは難しいでしょう」

「えっ……」

 声にならない声が部屋の中に響いた。

「パーツが確保できなかった場合、弁償してもらいます。当然のことだとは思いますが」

「…………」

 いい具合に落としどころに来た。

「エレクトロニクスにお勤めで正社員だと、月給は20万程度ですか。しかし、全額支払いに充てても支払きるのは難しい」

「…………」

 驚愕の表情でもそそるという経験は初めてだが意外に興奮ものだと感心し、葛西は更に面白くなって限りなく優しく、柔らかい物腰で案を提示した。

「どうです? 夜の店で働いてみては。なんなら身体を使ったところならもっと稼げるでしょう。AV女優も今やアイドル並みの扱われ方です。芸能人には興味がない?」

「…………、…………」

 首を縦に振ったのか横に振ったのか分からないほどの小さな動きしかできず、ただ、震えている。あまり焦らしても可愛そうか、とすぐに本案を出すことにした。

「なら、ここの離れで住み込み、三度の飯付で俺の身の回りの世話をするというのはどうでしょう」

 女は曇らせた顔で顎を引き、どこか一点を凝視したまま、

「……し、仕事が……」

と、どうにかそれだけ発する。

「仕事には今まで通り行って構わない。休みの日、話し相手をするだけでいい」

「…………」

 顔が少し上がり、唇がよく見えるようになった。そこは堅くへの字になったままだが、血の気が盛んなのか、赤く生き生きしている。

 葛西はそこに吸い寄せられるように、女が座っているすぐ側まで歩き、肘掛けに腰かけて静かに囁く。

「月々いくら払える? 一生払い続けるか、俺が飽きるまで世話をするか。

 俺は飽き性だから、ひと月で出ていってくれと頼むかもしれないし、一年かもしれない。

 ま、ただの話し相手程度ならすぐに飽きるだろう。

 心配しなくても、あんたの身体目当てじゃない。悪いが、ロリコンじゃあないんでな」

 予想通り視線が変わった。女特有の、若干の怒りが混じりながらも、好条件だと認識した鋭い射るような視線だ。

「……麻見依子さんにとって、良い方法だと思うが……」

「い、今すぐ決めないといけませんか?」

「私は会社へは車でないと行けなくてね。今日みたいにタクシーを使えばなんとでもなるが、一体いつまでタクシーで通えばいいのか……」

「……す、すみません……。あの、でも、その……話し相手……って、ここで住まないといけませんか?」

 葛西は元々、女の長話は好きではない。

 麻見が妥協案を出した瞬間、ストレスを押さえることなく、その小さな顎に手をかけると顔を寄せた。

「身体売って、返すか?」

 少々睨みをきかせ、耳周りをぺろりと舐める。更に、堅く緊張した身体を強引に抑え込んでソファに押し倒した。

「オラ!」

「あ……」

 怯えているのに、視線を逸らしはしない。

 美貌からくる自信か、それとも、こちらに興味があるのか。 

 葛西は柔らかく細い両手首を掴み、肩の横でそれぞれ抑え込むと、馬乗りになって上から眺めた。

「こっちを見ろ」

 一瞬逸らした視線までも、我が者にする。

「しばらく鈴木をお前に付けてやる。しっかり学んで…………、あ゛―……」

 突然、目の前が回り始めバランスが取れなくなる。

 身体に力を入れることもできなくなり、葛西は女の上に全体重をかけて圧し掛かった。

「えっ!?」

「あ゛―……目ぇ回る……」

 急に興奮して身体に力を入れたせいで、頭に血が昇ったらしい。頭がふらふらして、今は逃げられても追いかけられない。

 だがそれだけは阻止したいと、左手首だけは強く掴んだままで、体重をかけておく。

「はあ、はあ……」

 しかし、女の荒い息に気付いて、身体を少しだけずらした。首元を圧迫したせいで息がしづらかったようだが、女は楽になるとすぐに身体を起こした。

「……」

 回る視界の中で、それでも葛西は麻見の細い手首を握り締めた。逃がしはしない。

「……あ゛―、……だりぃ……」

 最後の力を振り絞って手首を引っ張り、その柔らかな身体を抱きすくめた。

「話、相手……」

 ちゃんと喋れているかどうか分からないが、とりあえず、口にしておく。

「の前に……、熱下げろ……」
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