契約妻ですが、とろとろに愛されてます

契約

その日、私は結局先方に行くことが出来なかった。なかなか眩暈は治まらず、堪えているうちにそのまま寝てしまったからだ。


「夕食よ」とお姉ちゃんに起こされると、いつの間にか慎が帰宅していた。深く反省の色を見せ落ち込んでいる様子。更に首につけたギプスを見て可哀想になる。


期限は一週間しかないそうだ。


今まで見たことがないくらいの慎の落ち込みように私達は途方に暮れた。





翌日、私はお姉ちゃんと慎が出かけてからあの時もらった名刺を見て受話器を手にする。


名刺には副社長室の直通の番号が書いてある。


しかし今日は土曜日。


彼が出勤しているかは分からない。


「はい 副社長室です」


先日、私を送ってくれた桜木さんの声が聞こえた。


「あ、あの……下山 柚葉といいます……真宮さんはいらっしゃいますか?」


「ああ、おはようございます 桜木です 少しお待ちください」


静かに保留音が聞こえる中、彼と話をするのだと思うと、私の胸はドキドキと暴れはじめていた。


「柚葉か?」


真宮さんの少し低めの良く通る声が聞こえてきた。


「はい……あの……昨日の件はまだ有効ですか?」


一晩考えて考え抜いた結果、彼に頼るしかいないと思った。婚約者のフリをするくらいどうってことない。だけどそれだけのことに1500万円貸してくれるか……それだけが心配だった。


「どうした?気が変わったのか」


「条件があるんです」


「電話で話すことじゃないな すぐにここへ来てくれ」


そう言って電話が切れた。


う……強引な人なんだから……。



それでも急いで支度をして、一時間後には真宮コーポレーションの本社ビルに着いていた。


何階あるのかわからないほどの高層ビルだ。すべてが真宮関係が入り、自社ビルと聞いている。


土曜日のオフィス街は閑散としていて、ビルのロビーに足を踏み入れても警備員が三人ほど立っているだけ。平日なら受付嬢がいると思われるカウンターには誰もいない。


警備員の厳しい目を避け、受付カウンターの後ろの案内ボードに向かおうとした時、誰かがソファから立ち上がるのが見えた。チャコールグレーのスーツを着た桜木さんだった。


「下山様」


桜木さんに出迎えられて、内心安堵した。


オフィスに来いと言われただけだったから、どこに行けば良いのか戸惑っていた。


「こちらのエレベーターにどうぞ」


桜木さんに案内され幾つかあるエレベーターの一つに乗り込むと、一気に最上階へと上がっていく。


エレベーターのパネルを見ると、最上階の五九階から五七階のフロアーしか止まらないようになっていた。おそらく役員専用エレベーターなのだろう。


本社に来たのは初めてで、スケールの違いに圧倒されてしまう。


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