狂妄のアイリス

青年

「待ってて、すぐに汲んでくる」


 そう言って少女が立ち去ると、墓の前には蒼い眼の男だけが残された。

 墓に供える菊の花を持ち、少女が走っていった方とは逆を振り向く。


「蛍は行ったよ、出てきたらどうだい? 日向くん」


 誰もいないはずの墓場に声をかける。


「気づいてたんですか」


 男の声に応じて、物陰からピーコートの青年が立ち上がった。


「まあ、付いてきてるだろうなとは思ったから」


 男は青年と対峙する。男はひょうひょうとした様子だが、青年は男を睨むように立っている。


「美緒さんはお元気かな?」


 美緒(みお)という、女の名を男が口にする。


「母さんは相変わらずですよ」


 その女を、青年は母と呼ぶ。


「相変わらず、アナタの話ばかりだ。うるさいから、たまには会いに行ったらどうです」


 言葉づかいは丁寧だが、青年が男に投げる声は刺々しい。


「まあ、近々」


 その刺にも、男は肩をすくめるだけだった。
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